
元タレントの上岡龍太郎さんが、5月19日に大阪府内の病院で肺がんと間質性肺炎のため亡くなっていたことが発表された。
上岡さんは数多くのテレビ番組に出演する人気タレントだったのだが、2000年に芸能界を引退してからは表舞台に一切出なくなってしまった。そのため、20代以下の世代では、彼の姿をテレビで見たことがない、そもそもどういう人なのか知らない、という人も多いだろう。
そんな上岡さんのことを全く知らない世代の人に対して、彼がどういうタレントだったのかを説明するのはなかなか難しい。なぜなら、今のテレビ界には彼と似たようなポジションのタレントが存在しないからだ。
いつも無愛想で偉そうにしていて、気に入らないことがあると烈火のごとく怒り出したりする。口を開けばよどみなくしゃべり続けて、屁理屈をこねて人を煙に巻く。こういう人は今はほとんどいない。
なぜ存在しないかというと、今の時代の視聴者がこういうタレントを求めていないからだ。ニーズに合わない商品は陳列棚から消えていくのが自然の摂理である。
上岡さんの恐ろしいところは、そんなテレビ市場における自分の商品価値を誰よりも冷静に把握していたところだ。彼はつねづね「僕の芸はテレビ向きではない」と語っていた。
上岡さんは、テレビの芸人の理想形は明石家さんまや笑福亭鶴瓶であると考えていた。彼らは、何十年も前から話しているエピソードを、まるで昨日のことのように臨場感を出しながら熱く語ることができる。鶴瓶は、興奮すると言葉を詰まらせながらも必死でしゃべろうとする。これがテレビの話芸というものだ。
一方、上岡自身は何でもよどみなくペラペラと話をすることができる。これは芸としては優れている部分もあるのだが、テレビという枠の中ではリアリティが感じられず、物足りないと思われてしまう。
「自分には鶴瓶のようなしゃべりはできない」と思っていた上岡さんは、テレビ芸に向いていない自分の才能を見限っていた。だからこそ、彼は仕事もまだまだたくさんある時期に、自ら身を引いたのだ。