姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 米債務上限問題のあおりで、対面での出席が危ぶまれていたバイデン米大統領でしたが、広島の地に足を踏み入れました。ただ、オセアニア訪問を延期するなど、米国の指導力に疑問符がつきそうです。債務上限問題が解決されず、デフォルトが現実になれば、世界経済の混乱は避けられそうにありません。ウクライナ支援で先頭に立ち、事実上、ロシアとの「代理戦争」を指導している米国が、国内問題の「鎮火」すらままならない体たらくでは、G7のプレゼンスは益々、相対化していかざるを得ないはずです。

 唯一、広島での開催で核軍縮・不拡散に向けたアピールが注目される点ですが、米国の拡大抑止の傘のもとにある以上、岸田首相の指導力には最初から限界がありました。核兵器禁止条約批准への道のりすら見えない現状は残ったままですが、それでも首脳たちが原爆資料館に赴き、被ばく者の声に耳を傾ける機会があったことはせめてもの救いかもしれません。

 発足当初、世界の国内総生産の6割を占めていたG7先進諸国も、今では4割に落ち込み、人口規模や経済力においてもBRICSプラスなどの新興諸国やグローバルサウスの影響力が増しています。これら諸国をどう取り込んでいくのか、その明確な青写真が示されたとは言い難いでしょう。また、中国やブラジル、南アなどの有力国がロシアのウクライナ侵攻の解決に奔走しつつある中、G7がウクライナへの武器・弾薬の供与で結束するという措置では、グローバルサウスの国々の賛同を得ることにはならないはずです。

 中ロの離間を図ることが米国の権力政治の要諦だったにもかかわらず、ウクライナ侵攻以来、中ロはこれまで以上に接近し、支え合う構図ができつつあります。価値やデモクラシーを前面に出した二分法的な分断と対立の戦略は、中ロの接近を促し、むしろ脅威を増大させることになってしまいました。

 世界の地政学的な変動の中で西側先進諸国の力関係は少数派になりつつあります。そのことをしっかりと踏まえてサミットでは、分断と対立よりは融和と包摂のグランドストラテジーを打ち出すべきではなかったでしょうか。

◎姜尚中(カン・サンジュン)/1950年本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

AERA 2023年5月29日号