ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「にわか世代的80年代」について。
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私は1975年(昭和50年)生まれです。70年代の記憶など朧げで、かと言ってバブルの頃はまだ小中学生で、アムラーや松坂世代より少し上で、もちろんネット世代でもない私は、常に昭和と平成の狭間を漂うどっちつかずの世代として生きてきた感があります。
商業音楽の歴史から見ても、昭和50年代生まれは「決定的な時代を知らない世代」として、何歳になっても「にわか」扱いをされがちです。
事実、70年代の昭和歌謡の多くは、物心ついてから遡って観聴きしたものばかり。キャンディーズや山口百恵やピンク・レディーも、軒並み小学校入学前に解散・引退したため、リアルタイムの記憶などたかが知れています。80年代に入り、松田聖子・田原俊彦・近藤真彦・小泉今日子・中森明菜といったニューアイドルたちが次々とデビューするも、その瞬間を憶えているかと問われると、これまた曖昧です。
大瀧詠一・ユーミン・陽水・達郎・まりやなどにしても、自分が「積極的な消費者」になった頃には、すでに彼らの人気や実績は確立されていたことも、自他共に「にわか」という認識を払拭できない要因なのかもしれません。
洋楽との遭遇にも、この世代ならではの「ズレ」があります。例えばマイケル・ジャクソンと言えば82年の『スリラー』を挙げる人が大多数でしょうが、私の世代は87年の『BAD』です。マドンナなら84年の『ライク・ア・バージン』や86年の『トゥルー・ブルー』ではなく、89年の『ライク・ア・プレイヤー』がど真ん中。ジャネットもホイットニーも2枚目から。意思を持ってデビュー盤を買った新人と言えばマライア・キャリーぐらいです。クイーンに至っては、初めて買った新譜が「ザ・ミラクル」で、その2年後にはフレディは他界しました。