受話器を取るタイミングが他の社員より遅れる。上司が来たのに気づいて周囲が席を立ってあいさつをしているなか、1人座って気づくのが遅れたこともある。反省して改善しようとするが、できない。「もっと積極的に取り組んでくれ」「仕事をしてくれよ」という厳しい言葉が心に刺さる。心身が限界に追い込まれ、退社した。
自信を喪失していたときに、出合った1冊の本が『ケーキの切れない非行少年たち』だった。児童精神科医として精神科病院や医療少年院などに勤務した宮口幸治氏が自身の経験をもとに書いた本で、認知能力が低く、ケーキを等分に切れなかったり、学校の勉強についていけず自分をうまく表現できなかったりして、居場所を失い非行に走ってしまう例が書かれてあった。なんばさんは「本に出てくる境界知能の特徴に自分が当てはまっている」と驚いたという。医師の勧めでIQテストを受けたのはその直後だった。
なんばさんは学生時代、勉強は得意ではなかったが、国語は平均点以上をとっていたという。ただ、数字を扱うのが苦手で中学生になると「xやyとかが出てきて完全につまずきました。一生懸命勉強しても全然理解できなかった」と後れを取った。親からは「あなたはあまりしゃべらないね」と言われてきた。コミュニケーションをとるのが苦手で、クラスメートと会話してもすぐに終わってしまう。「なんとかなじもうと思って、無理をしてキャラをつくったときもありましたが、やっぱりダメでした」と穏やかな口調で語る。1人でいる時間が多かったが、苦ではなかった。生きづらさは感じていたが、「仕方ない。こういうものだ」とも感じていた。
だが、社会で働くと状況は変わる。コンビニでアルバイトした際はレジ打ちを誤まって、おつりの額を間違えてしまう。怒られるたびに反省したが、失敗を繰り返す。どう改善していいか分からない。そのつらさは私たちの想像を絶するものだっただろう。