「再会した人たちの話に導かれるように、自分の記憶をたどっていきました」と、ノンフィクション作家の稲泉連さんは言う。
稲泉さんは5歳の頃、母が炊事係として働く「キグレ大サーカス」で暮らした。『サーカスの子』(講談社 2090円・税込み)は自身の記憶と、当時共に過ごした芸人たちの話をもとにした私的ノンフィクションだ。
「思い出の地について語るインタビューで、キグレサーカスでの体験を話しました。その際、撮影場所となった別のサーカスで、芸人の中心にいた八木正文さんと再会しました。それをきっかけに、他の人たちにも話を聞きに行ったんです」
稲泉母子がサーカスにいたのは1年間で、それから40年近くが経っている。それなのに、どの人も稲泉さんの顔を見た瞬間、「れんれん」と当時のあだ名で話しかけてくる。
「会えばすぐに距離が縮まりましたね。自分にとって大事なサーカスの時間を共有した仲間という意識があるのだと思います」
稲泉さんの母は、保育所になじめないわが子を心配し、母子が一緒にいられる場所としてサーカスを選んだという。
「入った頃は泣き虫だったそうですが、すぐに慣れて他の子どもたちと遊んでいました。ショーを観るのも、そこでの生活も刺激的で楽しかったですね」
サーカスには様々な人が来ては去っていく。本書では、サーカスで育った芸人が社会に出て苦労する様子も描かれている。
「サーカスでは衣食住が保証されています。芸人の井上美一(みいち)さんが言うように、サーカスは『いてもいいよ』という場所でした。だから、外に出ると適応できない場合があるんです」
キグレサーカスは2010年に廃業する。それを聞いた芸人のマユミさんはほっとしたという。
「サーカスを愛しているから、サーカス自体がなくなることで、やっと離れられるという葛藤があったと思います」
稲泉さんは本書で、芸人たちの話を聞くことで、彼らにとってのサーカスの姿を描くとともに、そこに自分の記憶を溶け合わそうとした。
「ごく自然に、そういう形式で書くことができました」
サーカスの興行が終わり、引っ越すことを「場越し」と呼ぶ。
「それまで建っていたテントを解体して、場所をまっさらにして、次の興行場所へと向かうんです。あれは印象深い風景でしたね」
本書で稲泉さんはサーカスを論じたり、分析したりするのではなく、自分の記憶と真摯に向き合った。
「記憶の中には夢も含めたさまざまなものが混じり合っていると思います。時には間違った記憶もあるかもしれませんが、サーカスという場所の記憶や郷愁を自分なりに書き残したいと、この本を書きました。自分のいわば『原点』を確認できて、よかったと思います」
(南陀楼綾繁)
※週刊朝日 2023年5月19日号