『恋の幽霊』町屋良平著
朝日新聞出版より七月七日発売予定
書くことは、残すことでもある。日記などは顕著であるが、私たちの変わりゆく現在を、言葉で固定することによって、保存することが可能になっている。たとえば高校時代の日記なんかを読むと「ほんとにこんな幼稚な文体でしか書けなかったのか」「もっと違う言葉で語れたんじゃないかな」と思うこともあるのだが、しかし、当時の自分の感情や身体を残す言葉は、その文体しか存在しなかった。それだけが確かな事実となって、私たちの手元に残る。身体はどんどん変化していき、感情はいつしか消えてゆく。しかし言葉だけは、記憶を超えて、保存される。
町屋良平という作家はしばしば「身体」という主題を扱う。いや正確にいうと、「身体」の感覚を言葉によって残す、記録する、描写することを試みる作家なのである。身体などという言語化されづらい、捉えどころのない存在を、言葉で捉えようとする挑戦の軌跡。それこそがこの作家の小説なのだ。
私は本作が町屋の新しい代表作になることを確信する。なぜなら、ボクシングを主題にした小説『1R1分34秒』や暴力的な人物を描写する小説『ほんのこども』で表現されたような「身体感覚の言語化」というテーマを扱いつつ、その主題を更新しているからだ。
本作の主人公は、四人の男女である。高校時代の同級生であり、仲の良い男女グループだった、四人――土、しき、京、青澄の関係は、人生のうちに「恋愛のぜんぶを出し尽くしてしまっ」たかのようなものであった。四人は、全員が全員に、恋をしていたのだ。つまり「四人とも恋人」だった。
そんな、世間からすれば些か不思議にうつるかもしれない、四人の関係性の特徴。それは心よりも身体が先に来ている点である。たとえば、しきは土と話していた時、ある時点で土がこれまでと異なる顔をしていることに気づく。「顔」や「声」がこれまでと違う、としきは思う。それは、恋の顔だった。そして土は「おれ、京がすき」としきに告白する。その時、しきは、土が京に恋をしているという現実によって、自身の身体がつくりかえられてしまった、と感じるのだった。