『光さんの贈りもの』は本と2枚のCD付きです 本には譜例もいっぱい。光さん自身のQ&Aもおもしろい 隣は『林光/ピアノの本」キラリと光る小品が多数 (撮影/谷川賢作)
『光さんの贈りもの』は本と2枚のCD付きです 本には譜例もいっぱい。光さん自身のQ&Aもおもしろい 隣は『林光/ピアノの本」キラリと光る小品が多数 (撮影/谷川賢作)
『光さんの贈りもの』林光著/大原哲夫編纂
『光さんの贈りもの』林光著/大原哲夫編纂

 ご存命の時にもっとお話を伺ったり交流をしたかったなあと思える方が大勢いるのだが、作曲家の林光さんもその一人。林さんのことをご存知ない方はぜひこの『光さんの贈りもの』(発行/大原哲夫編集室)から入ってきてください。この本は編集者の大原哲夫さんの自費出版という形で世に出ましたが、本当によくぞ出してくださいました。大原さんに心からお礼を申しあげます。この本のおかげで林光さんと果たせなかった会話が少しできた気がしますし、「君、まだまだやるべきことはいっぱいあるよ。しっかりおやりなさい」と無言の叱責、激励を受けているような気にもなります。

 この項、林さんのなされてきた膨大な仕事に言及しても私一人が空転するばかりだと思いますので、この本に焦点をあててすすめますが、まずは林さんのピアノを弾きながらの二つの講演(一つは「私のピアノ放浪記」と題される、林さん自身の音楽家へ向かう道のりについて。全編笑いに包まれながらも、その底にひそむ真実にハッとさせられる。もう一つはモーツァルトについて。こちらも林さん独自のユニークな考察が秀逸)が2枚のCDに収められていることがすばらしい。ここでの林さんの飄々とした語り口はまるで催眠術のよう。瞬時にどんどん引きこまれていきます。まるで油の乗り切った落語家さんの噺を聞いているかのようで、ながら聞きで聞いていたうちのカミさんも「思わず全部聞いちゃった。おもしろいねえ」とため息をついていました。そしてこのことは声を大にして言いたいのだが、これは林さんを偲んで林さんをすでに知る人だけが聞く話では決してなく、ぜひ、今現在音楽家を目指している若者たちにこそ聞いてもらいたい話なのです。クラシック? ジャズ、ロック? 関係ないと思う。全ての若者たちに林さんからの贈りものです。いったいどれだけの勇気をもらえることだろう。

「好奇心」と「実験精神」と「想像力」は、きっと昔も今も、人が持ち得る最良のものであるし、林さんの話を聞いていると随所にワクワクするようなエピソードが現れる。「美しき青きドナウ」を聞きながらピアノで一生懸命音を拾っていると、ホルンやチェロやフルートの音が立ち上ってくる話や、まだ当時日本にほとんどなかったチェンバロの音を作りたいためにピアノの弦の上に新聞紙を敷く話、フルートの下の「シ」の音を出すために、五千円札を丸めてフルートの管の先につっこむ話。どれもが真剣さがほのかなユーモアにくるまれた珠玉のエピソードだ。こういう創意工夫はいつまでも忘れてはいけないのだなあ。

 私が忘れられない林さんとのエピソードを一つ。サントリーホールで舘野泉さんのコンサートがあった時、林さんも私も新作の委嘱を受けていて、席が隣同士になったことがあった。恐縮して小さくなっている私に林さんは「譜面、見せっこしようよ」と気さくに声をかけてくださり、「花の図鑑・前奏曲集」を見せてくださった。「わあ、なんてきれい!」私は細かくて丁寧な鉛筆書きの、まるでモアレ模様が浮かびあがるかのような美しい自筆楽譜を目にしてただただ感嘆するばかり。林さんは私のパソコンで浄書された「スケッチ・オブ・ジャズ」をパラパラと目にし「君はパソコンで譜面書くの?」とちょっと不満そう。「下書きは手書きなんですが、まとめる時に譜面ソフト使っちゃいます」としどろもどろの私をじろっと一瞥。「ぼくはずっと手書き。手書きが一番」。叱られたこどものようにシュンとなった私だが、この話には続きがあって、私の組曲の1曲目の「ホット・ウォーター・ブルース」を舘野さんが弾き終えるなり、林さん私のほうを振りかえり「ほうっ!」と一言。そしてニヤリ。別に褒められたわけでもなんでもないのだけど、その「ほうっ!」にこめられた柔らかい肯定のニュアンスがどれだけうれしかったことか!

 最後に林さんの名言を一言紹介。「ピアノだけじゃないですけど、音楽を学ぶというのは、勉強するというのは大切だけれども、そんなにそれ自体が楽しいっていうもんでもないんですね。まあ、勉強はつらいってことがある。その一方でもって、音楽が好きになるってこともある。この音楽が好きっていうことのほうが、勉強がつらいってことよりもちょっと先へ行ったときに音楽が好きになるんですね(後略)」
 林光さん、ありがとうございます![次回10/27(月)更新予定]

■『光さんの贈りもの』についてはこちら
大原哲夫編集室ホームページ