『プラグド・ニッケル』マイルス・デイヴィス
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 1965年1月、マイルス・デイヴィスは待望のウェイン・ショーターを迎えて、のちに「黄金の60年代クインテット」と称されるグループの第1弾『E.S.P.』を吹き込んだ。メンバーはマイルス(tp)、ショーター(ts)、ハービー・ハンコック(p)、ロン・カーター(b)、トニー・ウィリアムス(ds)。

 ところがマイルスの健康状態が悪化したことによって、結成されたばかりのクインテットは実質的に解散状態を迎える。マイルスは入退院をくり返し、その間ショーター以下のメンバーは、主にブルーノート・レコードを舞台に、しばしば前衛的な志向をもったミュージシャンたちと共演を重ね、音楽性の幅を拡大していった。

 11月中旬になって、ようやくマイルスの復帰が実現し、その年の最後のライヴをシカゴのジャズ・クラブ「プラグド・ニッケル」で締めくくることになる。プロデューサーのテオ・マセロは久々のクラブ出演を重要視し、全ステージのライブ・レコーディングを挙行する。それらの音源からテオ・マセロが最初に発売に踏み切ったのが(当初は日本先行発売)、今回初めて単独の2枚組CDとして登場した『プラグド・ニッケル』だった。

 ライヴ・レコーディングは1965年12月22・23日に行なわれた。1枚目には23日、2枚目には22日(1曲目のみ)と23日の演奏が収録されている。テオ・マセロとしては、2日目にあたる23日のほうをベストと判断したのだろう。

 ところでこのライヴに関しては、これまで何種類ものレコードとCDで発売されてきた。そのたびに内容が微妙に異なり、演奏時間にも差がみられた。そうした混乱は、おそらく今後もつづくだろう。しかし最も重要なことは、たとえそれがどのようなヴァージョンであれ、マイルス・クインテットの演奏はただただ圧倒的ということだ。その基本を外した場所で、ヴァージョンの差異を云々したところで何も始まらないと思う。ぼくは今回初めて単独の2枚組CDとして登場したこの最新ヴァージョンを、数ある『プラグド・ニッケル』の決定版として、すべてのジャズ・ファンと未来のマイルス者に強く、強く勧めたい。
 
 なおマニアックな情報を補足すれば、今回の2枚組は、当初テオ・マセロによって公表された最初の2枚と同じ曲構成ではあるが、いくつかの演奏は、その後登場したソニー/レガシー盤『コンプリート・ライヴ・アット・ザ・プラグド・ニッケル』のヴァージョンに差し替えられている。つまりは全曲がコンプリート・ヴァージョンということになる。とはいえ最初からコンプリートの状態で発売されていたものもあるので、ぼくが調べたところ、明確な時間差があるのは次の4曲ではないかと思われる(多少の誤差はご容赦あれ)。

●ディスク1
《オン・グリーン・ドルフィン・ストリート》(13:06 / 11:22)
《ザ・テーマ》(3:32 / 0:17)

●ディスク2
《イエスタデイズ》(15:05 / 5:32)
《ザ・テーマ》(5:03 / 4:03)

 編集版と完全版とを問わず、前述したように、すべてのヴァージョンが公表された現在は、そうした細部にこだわらず、ただひたすらマイルス・クインテットの飛び散るような壮絶なる演奏に全身で向かっていきたいと思う。ジャズから最も遠い地点に到達したマイルス・クインテットの、これがその瞬間なのだ。[次回10/27(月)更新予定]

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