自国の近現代史をどう教えるかは、戦後、日本の教育問題のひとつとなってきた。
 明治維新をきっかけに西洋から輸入した「政治」と天皇を現人神とする「政事」を組みあわせて富国強兵をすすめ、昭和20年に独立を失い、GHQが指導した新たな憲法下で現在にいたる日本。その歴史はざっくりと教科書にも記載されているのだが、高校の授業は踏みこまない。大学入試でもほとんど問われない。そんな背景もあってか、たとえば、大東亜戦争で日本がどの国と戦ったか知らない若者が増えつづけている。
 原武史の『知の訓練』が興味深いのは、これが明治学院大学で行われた彼の講義をもとにしている点だ。講義名は「比較政治学」ながら、その内容はサブタイトルにあるとおり、一貫して「日本にとって政治とは何か」を問うている。現在の学生を相手にこの曖昧で重要なテーマに挑んだ原は、「○○と政治」というアプローチを選択。○○に時間、広場、神社、宗教、都市、地方、女性を設定し、「政治」と「政事」がからみあってきた日本の特性を明らかにしていく。
 たとえば、王政復古をスローガンにした明治政府がなぜ「神道は宗教に非ず」とする必要があったのか? この問いについて考えるだけでも、近代化を急いだ当時の政治の特異性が見えてくる。そこにはやはり「政事」とのせめぎ合いがあり、国家神道が成立するよう仕向けた、『古事記』や『日本書紀』にまで溯るアクロバティックな政治の実相が理解できる。
 戦後が終わって新たな戦前がはじまったとも言われる昨今。そもそもこの国がどのような政治によって形づくられてきたのか知ることは、何も若者たちだけの課題ではないだろう。私たち昭和に育った元学生たちもまた、ずいぶん粗っぽく自国の近現代史を学んできたにすぎない。「日本をとりもどす」と訴える安倍首相の政治をしっかり見極めるため、元学生にも知の訓練が必要な時である。

週刊朝日 2014年9月12日号

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