京都の台所、錦市場の庖丁屋、「有次」。450年余りの歴史をもちつつも革新的な老舗の矜持を編集者が追った。禁裏御用の小刀屋だったルーツから、名人・沖芝昂による鍛冶仕事、庖丁を愛用するプロの証言、新製品のオーダーに応える現場まで網羅する。
左利き用に始まり、柳刃刺身庖丁、鰻専用の江戸サキや京サキ、ハモの骨切庖丁にフグ引庖丁など、「有次」は400種類以上の庖丁を揃える。そして京料理の厨房をまわって御用聞きをするのだ。たとえば高級鮮魚店の「まる伊」は、大晦日を含めた2日間で、1日1000匹ずつフグを捌く。使った30本の庖丁を「有次」は引き取り、一晩で研いで届ける。研ぎを重ねて短くなった柳刃刺身庖丁は成形してペティナイフとしてよみがえらせる。ある料理人は薄給の修業時代、あるとき払いの催促なしで憧れの有次を手に入れたと話す。若い料理人を育てようとする店の心意気だ。
最近の作品に、生ハム切り庖丁や葉巻切り庖丁がある。「うちでできないことはない」という職人気質は、やったことがないことを理由に断らない。信頼の所以だ。
※週刊朝日 2014年6月27日号