フロイトやユングとともに「心理学の三大巨頭」と称されるものの、アルフレッド・アドラーの日本での知名度は低い。
 しかし、『人を動かす』のD・カーネギーら自己啓発の大家に影響を与えた人物となれば、その思想の一端は間接的に多くの日本人、特にビジネスマンにひろがっているのかもしれない。この『嫌われる勇気』の副題に<自己啓発の源流「アドラー」の教え>とあるのも、そのあたりを意識してのことだろう。
 内容は、どうすれば人は幸せに生きることができるのかと悩む「青年」と「哲人」の対話によって進み、アドラーが提唱した個人心理学の核心へと近づいていく。誰もが抱える不安や不満に裏打ちされた疑問を投げかける青年。それらの問いをしっかり受けとめ、個人心理学のポイントを丁寧に伝える哲人。
 この二人のやりとりが功を奏しているのは、決してソクラテスとプラトンの対話篇を模したからではなく、青年が安易に哲人の話を鵜呑みにしない点にある。家庭、進学、就職、職場で生じる悩みと向きあってきた青年は、時に、彼なりの体験と仮説をもって哲人を罵倒したりする。哲人もそうなるのは仕方のないことと承知している。実際、ほぼ100年前にアドラーが自身の学説を公表したときも、多くの批判があったらしい。
 トラウマを認めず、すべての悩みは「対人関係の悩み」と断言し、承認欲求を否定し、対人関係のゴールとして「共同体感覚」なる謎の鍵概念を持ちだすのだから、確かにハイわかりましたとはならないだろう。いわば読者の代表である青年が渋々認めていくことで、アドラーの教えが説得力を増すよう工夫されているのだ。
『アドラー心理学入門』を書いた岸見一郎とその本を読んで人生が一変したという古賀史健によって編まれた一冊は、二人が重ねた対話を基底に見事な構成となっている。対人関係に悩む若者にぜひ読んでほしい良書である。

週刊朝日 2014年5月9日-16日号

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