日本を代表する辞書、『三省堂国語辞典』と『新明解国語辞典』。同じ辞書から生まれたにもかかわらず、性格はまるで正反対だという。「客観的」と「主観的」、「現代的」と「規範的」。『三国』を編纂した見坊豪紀と『新明解』を編纂した山田忠雄、二人の巨人の強烈な個性、友情と決別のドラマを追う。
 見坊の語釈は客観的かつ簡潔な短文。「辞書はことばを写す鏡であり、ことばを正す鑑である」との信念で、新語も他に先駆けて収録、現代の実相を的確に反映させようとした。一方、山田は「辞書は文明批評である」といい、主観に踏み込んでことばの裏まで詳細に説明した。『新明解』を一躍有名にした、【恋愛】の「出来るなら合体したいという気持」という破天荒な語釈もそこから出ている。
 無味乾燥と思っていた辞書の随所に編者の心の内がにじみ出る。著者は【時点】の奇妙な用例から、共に仕事していた二人が突如決裂した真相まであぶりだした。ことばを最もよく知る二人がことばによって傷つき葛藤した。「言葉とは不自由な伝達手段である」という山田のことばが印象深い。

週刊朝日 2014年4月11日号

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