「1988年、近畿大学が国内の大学として初めて女子枠の入試を取り入れ、89年には阪南大学と愛知工業大学、92年には名古屋工業大学が続きました。ただし、現在も女子枠を維持しているのは名古屋工業大のみ。さほど受験生が増えなかったなどの理由で、撤退する大学も多かった。2010年には九州大学が理学部の試験に女子枠を導入すると表明しましたが、多くの受験生や卒業生が反対し、翌年5月に撤回しています」
今後も同じ道をたどる恐れはないのか。石渡さんは「現在は10年前と比べ様相が変わっています」と強調する。
最たる変化は、理工系女子人材を増やすべく、国が動き始めていることだ。
文部科学省が公表した23年度の「大学入学者選抜実施要項」では、入試方法について「多様な背景を持った者を対象とする選抜」を設けることが推奨され、一例として「理工系分野における女子」を挙げた。
「国のお墨付きがあるなら、『女子枠』を導入しようと考える大学は、今後さらに増えるのではないでしょうか」(石渡さん)
ただし、枠を広げるだけでは不十分な面もある。
『世界一やさしいフェミニズム入門』(幻冬舎新書)の著者で、信州大学特任教授の山口真由さんは「理系大学・学部のジェンダーギャップを改善するために大学が単独でできることは限られています。入学までの道のりや、卒業後のことがセットで考えられる必要があります」と指摘する。
「私の周囲にも、算数が得意だったのに『女の子は算数なんてできなくていい』と親や教師に諭され、文系に誘導された人がいます。理系に進んでも、卒業後のキャリアが整備されているとは言い難い。例えば日本では女性医師の数は増えていますが、35歳までに離職する女性医師は24%で男性医師よりも約14ポイントも高いという調査結果が出ています。そうなったとき『だから女性は辞める』と後ろ指をさされるのは女性の側。制度の狭間に落ちる人々を生み出さないためにも、初等教育機関や企業と大学の連携が進み、社会全体で良い循環が生まれることを期待しています」
企業側はどう考えているのか。
経団連でダイバーシティー政策を担当する大山みこ氏(ソーシャル・コミュニケーション本部統括主幹)に聞いた。
「政策や制度などあらゆる分野においてジェンダー視点を取り入れる“ジェンダー主流化”が世界で進むなか、女子の理系人材を増やす大学側の取り組みは全面的に賛同します。DE&I(多様性、公正性、包摂性)はイノベーションの源泉であり、企業の持続的な成長に欠かせない。そのため企業は様々な取り組みを加速していますが、理工系分野における女性の割合は依然として諸外国で最低水準。最終的には性別を超え、個人の能力で評価される社会が望ましいとは思いますが、社会変革を進める過渡期の今は、できることを全てやっていく必要があると感じます」
経団連は女子中高校生向けに、理工系分野に関心を持ち、将来の自分をイメージした進路選択を支援する取り組みを行っており、今後もこうした活動に力を入れるという。一方で根強い「女性優遇」批判について、大山さんはこうも語った。
「いまは、これまでの男性一色で作られてきた旧来型の組織風土を根底から見直す時期。『女性が下駄を履かされる』のではなく、むしろ『男性が下駄を脱ぐ』タイミングが訪れているのです」
「女子枠」をどう生かしていくか、考える必要を求められているのは大学ではなく、社会の側なのかもしれない。
※週刊朝日オリジナル記事
(本誌・松岡瑛理)