林家たい平(はやしや・たいへい)落語家。1964年埼玉県秩父市生まれ。武蔵野美術大学造形学部卒業後、88年、林家こん平に入門。92年二ツ目に、2000年3月に真打昇進。『笑点』(日本テレビ系列)をはじめ、テレビ、ラジオ、全国各地での落語会などに出演する。母校・武蔵野美術大学で客員教授も務める。「たい平ワールド」と呼ばれる芸風で老若男女を問わずファンを集め、落語の楽しさを伝えている。著書に『林家たい平 笑点絵日記』(ぴあ)、『林家たい平の お父さん、がんばって』(辰巳出版)ほか。3児の父
林家たい平(はやしや・たいへい)
落語家。1964年埼玉県秩父市生まれ。武蔵野美術大学造形学部卒業後、88年、林家こん平に入門。92年二ツ目に、2000年3月に真打昇進。『笑点』(日本テレビ系列)をはじめ、テレビ、ラジオ、全国各地での落語会などに出演する。母校・武蔵野美術大学で客員教授も務める。「たい平ワールド」と呼ばれる芸風で老若男女を問わずファンを集め、落語の楽しさを伝えている。著書に『林家たい平 笑点絵日記』(ぴあ)、『林家たい平の お父さん、がんばって』(辰巳出版)ほか。3児の父
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『親子で楽しむ こども落語塾』(寺小屋シリーズ11)
『親子で楽しむ こども落語塾』(寺小屋シリーズ11)
『親子で楽しむ こども落語塾』(寺小屋シリーズ11)
『親子で楽しむ こども落語塾』(寺小屋シリーズ11)

 名作落語に伝わる日本人の人情や知恵、そして日常生活の楽しみ方などを紹介する『親子で楽しむ こども落語塾』が明治書院から出版された。"生きる力""生きる知恵"を学ぶ寺子屋シリーズの11冊目になる。
 同書は、第1章:家族、第2章:学び、第3章:友達、第4章:遊びで構成され、27作品の落語に加え「たい平さんの今すぐ使えるネタ伝授」のコラムや「落語の世界を探検!」「落語はみるとますますおもしろい!」などのふろくが付いている。見開き(2ページ)ごとにひとつの落語をとり上げ、右ページではその落語のあらすじをわかりやすくコンパクトにまとめ、左ページには「たい平流 楽しみ方」として、子どもの身の回りの出来事を交えながら解説し、子どもたちへのメッセージも書かれている。

■想像力の中で楽しむ芸

「落語名作読本ではなく、落語をきっかけに親子で、家族でより多くのことを話せるように、そのコミュニケーション・ツールとして生かしてほしいという思いでつくりました」という著者の林家たい平さんに話を聞いた。
 テレビ番組『笑点』(日本テレビ系列)などに出演していることもあり、最近の傾向として、親子で落語を聞きにくる人が増えてきているという。本当は聞いてくれている子どもたち、あるいは親子に向かって語りかけたいこともある。しかし、落語だからそこまで話をしてしまうと野暮になる。それぞれの親子が持ち帰って、家庭の中で話すことなのだ。
 たい平さんは高校入学後、当時のテレビ番組の影響もあり熱血教師になろうと思っていた。そのことを相談した美術担当の担任から美術大学があることを教えられ、専門の受験勉強をし、武蔵野美術大学に入学した。もともと美術大学を目指していたわけではなく、あくまでも教師になるためだった。入学後はデザインを専攻していたが、なかなか自分を表現する画材に出あえない。絵画と異なり、デザインはポスターやアドバタイジング・デザインなどをグループ制作することが多かった。その中で、自分がつくりたいものと出来上がっていく作品が少しずつ違うと思うようになっていく。
 落語研究会には入っていたが、落語を真剣に聞くようなことはあまりなかった。デザインで悩み、自分が表現したいものが何かを見失いがちなときに、ラジオから小さん師匠の落語が流れてきたのだ。何も見えないラジオからなのに頭の中に絵が描け、聞き終わった後にあたたかい気持ちになれた。教授が最初の授業で話した言葉は「デザインは人を幸せにするためにある」だった。そのときは抽象的で意味がわからなかったが、落語に出あい、わかったような気がした。何か形に残すだけでなく、人の心の中に絵を描くこともデザインなのだと。日本人が持っている美意識も落語には入っていて、こんなにおもしろいものだったのかと気づき「あっ、これだ!」と思い、人生が変わった。落語は受け手の想像力の中で楽しむ芸だが、人生を豊かにする引き出しのひとつでもある。さらにその想像力は、成長の過程でより多くの経験をすることで育まれていくのだ。

■想像力を養う落語

 先代の金馬師匠が好きで、寄席で録音したテープなどを聞いていると、必ず子どもの笑い声も入っている。もともと落語は大人だけのものではないので、それを再び取り戻したいと考え、実際に「親子の落語会」というものも開催している。そのときに注意していることは、必ず親子で並んで座ってもらうことだ。そうすると、子どもが笑っているところでハッとさせられる。「あぁ、こんな場面(セリフ)で笑えるようになったんだなぁ」と、子どもの成長のバロメーターにもなる。そして、隣で笑っているお母さん、お父さんを見たら、子どもは幸せな気持ちになり、そこに相乗効果が生まれるのだ。
 たい平さんの子どもが幼稚園に通っていたとき、お母さんたちに落語を聞いてもらいたいと思った。子育ての中ではよいこともあるが、追い込まれることが多く、精神的にも一番余裕がないと感じたからだ。お母さんが笑顔をなくしてしまったら、子どもの行き場もなくなってしまう。その笑顔のために、幼児たちを先生方に預かってもらい、園内の講堂で落語をした。お母さんが豊かな心で子どもに接することは大切だ。
 今の子どもたちはDVDなどの映像ですべてを見ることができる。あまり想像しなくても楽しめるので、逆に見せつけられてかわいそうに思えてしまう。その点、落語は話のみ、小道具は扇子と手ぬぐいだから、お客さんの想像力に頼るしかない。その想像力を養ってくれるものが落語でもある。
 親子で読んで、笑って、学ぶ。落語は「笑い」というオブラートに包むことによって、どんなことも優しく伝えることができる。“生きるヒントがいっぱい”なのだ。

『sesame』2014年3月号(2014年2月7日発売)より
http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=15614