ベースボール好きで勉強嫌いの子規と、帝大一の秀才で知られた漱石の厚い友情を描いた青春小説。野球好きの著者が長年、構想を温めていたという。
 幼名の升(のぼる)から、「ノボさん」と親しまれ、周りに自然と人が集まる子規。反対に、冷静沈着で他人に人一倍厳しい漱石。この二人が寄席を通じて仲良くなった。奇遇にも、子規は「漱石」という雅号を使おうと考えていたことがあった。漱石の住む愚陀仏庵(ぐだぶつあん)で二人が同居する場面は興味深い。子規のいる階下はたちまち訪問者で賑やかになり、漱石も句会に呼ばれる。さらに大食漢の子規が取った鰻や刺し身の勘定が漱石にまわって来る。だが、漱石は友に卑しさを感じなかった。
 カリエスを患いながら、訪ねてくる誰にも丁寧に接する友。隠居の遊びと呼ばれていた俳句の価値を知らしめようと、独りで俳諧の大系の編纂に取り組む友。「歌は万人のものだ。断じて、えらい歌よみの専有物ではない。(中略)老人などにはかまわず少年青年は歌を詠むべし」と血気さかんだった。享年35。静かな感動をさそう友情譚。

週刊朝日 2014年1月31日号