ハードな取材旅行の相棒は、キヤノンEOS5D MarkII。カメラはあくまでも記録用の道具、撮ることで記憶に強く焼きつけられるという。食事や衣装、人との触れ合いなど、写真に写しとめられているものが本を書くときの材料になる
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カリブ海に面した中米・コスタリカで出会った少年。黒人の男の子がサーフィンをしているのはめずらしいという。水平線、白い波、砂浜の足跡、じっと海を見つめる少年……ドラマチックな構成だ
アフリカ・セネガルの村で訪れた小学校で熱心に講義に聴き入る子供たち。先生の真剣な表情とカラフルな衣装とともに、美しい光の中で写しだされている
ジャズの町、アメリカ・ニューオリンズ。ミシシッピ川沿いの階段を上ったときに出会ったジャズマンの練習光景。わき上がる雲と低く入れ込んだ街並みを背景に、前を通り過ぎる女性が絶妙のタイミングでとらえられている

――いちばん古いカメラの記憶は何ですか。

 最初に触ったのは、家にあったフジペットです。子供でも操作できるように、「1」「2」と数字のついたレバーが左右についていた。それで近所の犬を撮ったりしました。ぼくはいわゆるカメラ少年ではなくて、機械いじりには興味がなかった。いまもそうだけど、カメラはあくまでも記録用の道具なんです。写真で何かを表現したり、アートをやろうという気もさらさらない。カメラに対して過度の思い入れはなく、「画像でメモをとっている」感覚ですね。

――いまお使いの機種は。

 EOS5D MarkIIです。EOSは初期の機種からずっと使っているんです。というのも、取材旅行の際、キヤノンが最新機種を提供してくれたいい時代があったんですね(笑)。よほどのことでもない限り、失敗しないので助かります。ぼくのようにメカに弱い人間も、そこそこのものが撮れる。だいたい、意識しないで撮った写真のほうが、あとで見たとき、「これ、いいじゃない」と思えるんですよね。

――撮影時のこだわりは。

 特別なことはしていません。ただ、無意識のうちに構図は調整してるんでしょうね。昔からの友人は、「戸井は写真はシロウトだけど、レイアウトはできてる」と言います。絵描き志望で美大出身なので、フレームの中が安定していないと落ち着かない。あと、人物を撮るときは極力ズームを使わない。途上国の、治安の悪い場所に行くことも多いので、ヤバい写真を撮るのに便利かなと望遠レンズも買ったんですが、人の顔はやっぱり正面から撮るのが基本じゃないかと。離れた場所に三脚立てて……って、なんだか隠れて撮ってるみたいでイヤなんです。黒澤映画の望遠で撮った映像は大好きなんだけど、写真は広角で寄ったほうがいい。だからふだんは15ミリとか20ミリの広角レンズをつけている。結果的に、ぼくの写真は人物の顔を寄りで撮ったものが多くなります。

――カメラの使い分けは。

 オートバイで村の中を移動するときなんかは一眼レフは重いので、コンパクトのパワーショットを胸ポケットに入れています。オートバイにまたがったまま、路上にいる靴みがきの子供を撮ったりできて便利ですね。何日か同じ場所に滞在するときは、一眼レフでぶらぶら歩きながら撮影します。ぼくは人を無断で撮ることはない。「撮っていいか」と必ず聞きます。怒るやつ、喜ぶやつ、カメラに興味津々のやつ、いろんな人がいて、それが面白い。ただ見て、通り過ぎるだけじゃなく、カメラを持って話しかけることで、相手が違う表情を見せてくれる。カメラは旅先で人と人の出会いをつくり、つないでくれる道具でもあるのかな。写真に撮った人のことを全て文章にするわけではないけど、たとえ書かなくても、自分の記憶に強く焼きつけられます。

――写真は、原稿を書くとき参考にするのですか。

 もちろんです。取材前には当然、その国、地域の下調べをしますが、実際に行ってみると、想像していたのとは全く違う光景に出くわす。宿で出てきた食べ物や飲み物、人々の着ているもの。写真に写っている些細な情報が本を書くときの材料になります。写真を見ながら、「あの村は貧しいはずなのに、けっこういいワインが出てきたんだよな」なんて考えていると楽しくてしょうがない。イスラム圏に行ったとき、ちょうどラマダン(断食月)の時期だったのに、食堂に行くとふつうに酒飲んでヘラヘラしてるやつもいた。いいかげんなやつは、どの国にもいる(笑)。そういったマスメディアの報道対象にならない「ふつうの人」の存在を自分の目で確かめたい。はたから見たら徒労以外の何ものでもないかもしれないけど、それでいい。旅も写真も、誰かに頼まれてするものじゃないですからね。どんな国にも、貧しいなりに生活を工夫してたくましく、強く、格好よく生きている市井の人々がいる。それを知ることが、ぼくにとってはとても大切なんです。

※このインタビューは「アサヒカメラ 2010年6月号」に掲載されたものです

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