『エンジェル・アイズ~ライヴ・イン・トーキョー完全盤』アイリーン・クラール
『エンジェル・アイズ~ライヴ・イン・トーキョー完全盤』アイリーン・クラール
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 1975年、社会に出てから三年目のある日曜日の昼下がり、既に定期コースになっていた大阪は阪急東通商店街外れのジャズ喫茶「ムルソー」へ。ターンテーブルに乗った一枚のヴォーカル新譜にたちまち魅かれた。美しいディクション、細やかな情感表出、温かみ、ジャケットの横顔といい声といい決して若くはないが、こんなに巧い歌手がいたのかと。アイリーン・クラールの復帰作で最高傑作『ホエア・イズ・ラヴ?』(1974年12月/Choice)だった。ご贔屓だったカーメンの変貌、金属的な声質とクドい唱法に失望していただけに恵みの雨に思えたほどだ。同作は批評家にもファンにも高く評価され、受賞こそ逃したがグラミー賞の最優秀ジャズ・ヴォーカル賞にノミネートされた。復帰後のクラールは既にガンを告知されていたのか残された時間を慈しむかのように積極的に活動、四年足らずの1978年8月15日、46歳で逝く。短くも鮮やかな、一陣のそよ風を思わせる終幕だった。

 彼女の最初で最後の来日は1977年7月、復帰後の活躍を支えたアラン・ブロードベント(ピアノ)を伴っていた。復帰作の高評を思えば意外だが、一般には知名度はまだまだでブッキングには苦労したとされる。公演は15日の六本木「ミンゴス・ムジコ」、16日の大阪「ロイヤルホース」、19日の六本木「バランタイン」、20~21日の「ABCホール」の5公演にとどまったようだ。そんななか、トリオ・レコードがラストの「ABCホール」で両日のステージを収録したのは快挙にも思え、短い全盛期の希少なライヴ作ともなった。とはいえ、やがて発表されたアナログ盤に食指は動かず、何十年も忘れていたというのが正直なところだ。ところが30年の歳月を経てオリジナル・テープが見つかり、2009年に完全版として復活したことで俄かに見直すことに。追加収録された未発表の10曲は当初の物足りなさを補ってくれたばかりか素敵なステージのほぼ全貌を掴むことができたのだ。

 推薦盤ではオリジナルの11曲がアナログ盤の順に収録され、うしろに未発表の10曲が追加されている。両日で重複する曲は一方が省かれているので厳密には完全版ではない。まずはオリジナルの11曲から。アナログ盤のA面にあたる1~5曲目は二日目の収録だ。そもそも巧い人だから悪くはないがどうもグッと来ない。サラリと流したスウィンガーは華やぎに、肝心のバラードは繊細な綾に乏しいようだ。好唱の域を超えはしないだろう。それは一日目に録音されたB面にあたる6~11曲目を聴けばわかる。違いは微妙とはいえ確かに出来は一日目が勝るのだ。高田敬三氏の「最終日は、客の入りも今一つで、疲れもあったのだろう、アンコールも、無しに終わった」という回想からくる後知恵ではない。贔屓目に見てもA面は三ツ星半でB面は四ツ星、アナログ盤に準じた再発ならこの連載でとりあげはしなかっただろう。追加された10曲中7曲を占める一日目の録音が効いた。

 解説に両日のセット・リストが掲載されている。一日目は2セットで18曲を、二日目は1セットで14曲をとりあげたようだ。今度は可能な限りセット・リスト順に聴いてみた。トラック番号で示すと、一日目は6-12-8-16-X-13-18-14-15-X-7-X-10-9-17-X-X-11(X:未収録テイク)という順に、二日目はX-X-5-X-19-1-3-X-4-X-2-X-20-21という順になる。予想的中、出来の勝る一日目が一層良くなった。快活なオープナーの《ユー・アー・ザ・サンシャイン・オブ・マイ・ラヴ》から同じくアンコールの《ソング・イズ・ユー》まで、それぞれが本来の居場所を得て輝きを増している。二日目のステージでは未発表の3曲がどうして聴き物だった。オリジナル盤の尊重も曲順の工夫もわかるが、この次の再発では一日目だけでいいので(21曲中13曲が当日のテイクだ)演奏順に丸ごと収めてほしい。文句なしの快唱ライヴになるはずだ。それまでは不完全で手間のかかる聴き方でどうぞ。[次回12月16日(月)更新予定]

【収録曲一覧】
Angel Eyes - Live in Tokyo / Irene Kral (Jp-Muzak [Jp-Trio])

1. On a Clear Day You Can See Forever 2. Angel Eyes 3. Quiet Nights of Quiet Stars 4. It Isn't So Good 5. Everytime We Say Goodbye 6. You Are the Sunshine of My Life 7. Guess I'll Hang My Tears 8. Misty Roses 9. Oh! You Crazy Moon 10. Star Eyes 11. The Song Is You 12. Touch of Your Lips 13. It's Nice Weather for Duck 14. I Like You You're Nice 15. Spring Can Really Hung You Up the Most 16. Where Is Love 17. Rock Me to Sleep 18. Here's That Rainy Day 19. Sunday 20. Time for Love - Small World 21. Nobody Else but Me - Ending
*12-21: Additional tracks.

6-18: Recorded at ABC Hall, Siba, Tokyo, July 20, 1977.
1-5, 19-21: Same location, July 21, 1977.

Irene Kral (vo), Alan Broadbent (p), 稲葉国光 (b), 石松 元 (ds on 6-18), Donald Bailey (ds on 1-5, 19-21).

※このコンテンツはjazz streetからの継続になります。

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