アジア諸国の障害者や物乞いを追ったノンフィクション『物乞う仏陀』や、東日本大震災の爪痕を綴った『津波の墓標』など、国内外の貧困、歴史、医療、戦争などをテーマに精力的に執筆を続けている石井光太さん。



最新刊『東京千夜』で描くのは、日本で暮らす私たちの身の回りで、「自殺」「死後結婚」「ハンセン病」などに苦しんでいる人々の人生です。



先進国で唯一、エイズウイルス(HIV)の感染者が増えているのが、この日本です。結婚4年目のある日、HIVに感染していると診断された女性がいます。



「美香子さんは全身から血の気が引いた。一体誰から感染したのか。夫からか。そうでなければ以前付き合っていた男性からか。かなり前に海外旅行で、面識のない外国人と一夜限りの関係を持ったこともあった......。彼女は医師に感染源を教えてほしいと尋ねた。そうでなければ、夫に説明がつかない、と。だが、医師は険しい顔をして首を横にふった。」



数か月の間、悩み続け、夫にHIV感染のことを伝えられなかった美香子さん。看護婦に「旦那さんのことを愛しているなら一日でも早く話すべき」と諭され、ようやく告白する決心をします。



「良治さんは会社から帰った直後に食卓でそのことを聞かされると、青ざめて黙りこくってしまった。妻がHIV感染者だったという驚愕とともに、自分も感染しているかもしれないという恐怖が湧き上がったのだろう。」



検査の結果、夫の良治さんもHIVに感染していることが判明。夫婦関係は壊れ、良治さんは家を出ていきます。しかし、1年後に、そんな2人をもう1度結びつける出来事が待っています。悲しみの中に、希望を見つけ出すのです。



『東京千夜』には、石井さんの人生を形作ってきた大切な出会いや体験が記されています。あとがきで、石井さんはこのように綴ります。



「今、こうして一冊の本として形にしてみると、改めて私の人生は無数の人との出会いによって作り上げられているのだと考えさせられる。かつて出会った人々の中には、すでに逝ってしまった人もいれば、音信不通になった人もいる。過ぎ去った日々を思い出すたびに、懐かしさで胸がしめつけられるような気がした。きっと、その胸の苦しさそのものが人生なのだろう。」



悲しみに包まれた人々の言葉に、根気強く耳を傾け続ける石井さん。逆境に立ち向かう人々の生き様に心を揺り動かされると同時に、ノンフィクション作家・石井光太の生き方を知ることができる一冊です。