2012年に公開された映画の本数は983本。そのうち公開された洋画の本数は429本でした。洋画の不振が伝えらているものの、劇場では公開されない「ビデオ作品」や海外ドラマなどを含めると、字幕翻訳を必要とする作品自体は増えていると言われています。



そんな洋画を支える「字幕屋」たちの知られざる実情をつづったのが、翻訳家・太田直子さんのエッセイ集『字幕屋に「、」はない (字幕はウラがおもしろい) 』です。太田さんは、翻訳歴30年のベテラン翻訳家。映画『ボディガード』『ヒトラー 最期の12日間』『バイオハザード』シリーズなどの字幕翻訳を手がけてきました。



映画1作品の字幕数は、平均で1000ほど。太田さんは、愛用の『ランダムハウス英和大辞典』を片手に、誰にでも伝わる、分かりやすい字幕づくりにつとめています。



字幕制作の現場は、実にシビア。字幕の世界には「1秒=4文字」という字数制限があるのです。観客が読み終える前に、字幕が消えてしまうことを避けるため、字幕制作者は字数制限を守ることに苦心しています。



例えば、

「You didn't know?」(「知らなかった?」=6文字)

というセリフ。直訳でも十分に短く、原音のセリフにピッタリ収まる気もしますが、このセリフの長さは1秒以下。つまり、4文字以内の字幕にしなければなりません。そのため、字幕では「初耳?」と表記したとのこと。



「I'm not lying.」(「嘘じゃないわ」=6文字)

というセリフも同様に、1秒以下のセリフであったため、悩んだ末に「本当よ?」と表記せざるを得なかったそうです。



字数制限を守るために、作品全体の文脈や深い意味合いを、反映しきれない可能性もあります。しかし、世の中には、そんな字幕翻訳者の苦悩をしらない人がほとんど。原作に熱烈なファンがいる場合、「字幕はこの深遠なセリフの意味をまるで伝えていない!」などとツッコミを入れられることも多いそうです。



それでも、太田さんは字幕翻訳の仕事について、こう語ります。



「字幕屋は素敵な商売です。なにしろ外国の新作映画を真っ先に観られるうえ、微力ながらその日本公開に尽力できるのですから。さらに映像だけとはいえ、時空を超えていろんな世界を経験できるのも魅力のひとつです」



本書『字幕屋に「、」はない (字幕はウラがおもしろい) 』の由来は、字幕翻訳には「、」と「。」の句読点を使わないことから。果たして、その理由とは?映画好きや、字幕翻訳の仕事に関心のある方には、ぜひ一度手にして頂きたい一冊です。