この夏の流行はイカだった。イカはイカでもダイオウイカ。国立科学博物館で開催中の特別展「深海─挑戦の歩みと驚異の生きものたち─」も連日盛況。ブームのきっかけはもちろんあれ、「世界で初めて超巨大イカの撮影に成功した!」とNHKが大はしゃぎするテレビ番組だ。
NHKスペシャル深海プロジェクト取材班+坂元志歩『ドキュメント深海の超巨大イカを追え!』はそれまでの10年以上にわたる足跡を追った自画自賛本。〈その姿は、怪物というよりも、海の深淵から現れた知性をもつ崇高なものにさえ感じる〉。〈ダイオウイカが現れた時間は、わずか23分間。誰も成し得なかったことを、やりとげてしまった23分間。この物語は、その23分間のために10年の歳月と情熱を捧げた人々を追ったものだ〉。気分は完全に書籍版「プロジェクトX」である。
なかなか通らない企画。成果が出ない撮影の日々。削られる予算。ダイオウイカ専用に工夫した撮影機材「イカメラ」。通称「イカ工船」での過酷な労働。「プロジェクトX」な箇所は多々あるが、私がおもしろかったのはここだった。
〈アカイカを食べようとしていたことからも、ダイオウイカは仲間のイカが好きなのかもしれない〉
縦縄に「イカ化け」と呼ばれる疑似餌をつけて海中に垂らす。と、まずアカイカがそこにアタックし、ついでダイオウイカがアカイカを食べに来る。フェロモン作戦と称し、空輸した冷凍ダイオウイカをジューサーにかけた「イカジュース」にも大小さまざまな種類のイカが集まってくる。イカはイカが好きなのだ。
小笠原沖、水深630メートルの深海でついに動画の撮影に成功したときも、いい仕事をしたのはイカだった。餌となるソデイカを縦縄に付け、潜水艇で待つ。〈ダイオウイカは獲物のソデイカに対して、傘を開くかのように後方から腕をパッと広げて襲いかかってきた〉
イカでイカを釣る。いや、イカでイカを撮る。イカしてない?
※週刊朝日 2013年9月13日号