冒険、探検に関する本の個人的ベスト100のリストをつくろうと準備していた折に今回の依頼がきて、タイミングがよかった。『さまよえる湖』(スヴェン・ヘディン)、『恐るべき空白』(アラン・ムーアヘッド)、『コン・ティキ号探検記』(トール・ヘイエルダール)がぼくのリストではベスト3になっているが、それぞれ古典名作なのでここではタイトルを挙げるだけにしておこう。
 旅とはいえないが結果的に冒険になってしまい、どれも絶対に面白いジャンルに「漂流記もの」がある。ぼくはこのジャンルのコレクターで50冊ぐらい持っているがそのナンバー1は『大西洋漂流76日間』(スティーヴン・キャラハン=ハヤカワ・ノンフィクション文庫)である。
 ライフラフト(救命筏)に乗って、手に入る僅かな道具、たとえばワリバシのようなもので六分儀を作ったり、太陽光を利用した蒸留式の海水=淡水化装置を作ったりと、その賢いサバイバル能力に感嘆、感動する。
 ヨットによる探検ものでは『信じられない航海』(トリスタン・ジョーンズ=舵社)が痛快驚嘆話。海抜下1250フィートの死海から海抜12580フィートのチチカカ湖(高低差14000フィート)を自分のヨットひとつで行ってしまう、という話だ。海のドン・キホーテのようで本人だけが真剣。しかし読みだしたらやめられない。
 次のグループも純粋な旅ではないが結果的に冒険、探検ものになってしまう「脱出記」も一度読んだらノンストップで最後のページまで突き進まずにいられない“危険本”群だ。
 シベリアのラーゲリからマイナス40~50度の白い地獄を逃げる。『脱出記』(スラヴォミール・ラウイッツ=ヴィレッジブックス)はモンゴルからゴビ砂漠、そしてヒマラヤを越えてインドまで逃げる。『我が足を信じて』(ヨーゼフ・マルティン・バウアー=文芸社)も厳寒期、シベリア最東端の鉛鉱山の強制収容所から単独で脱走、3年以上かけて生まれ故郷のミュンヘンに着く感動の逃亡記。
『ラオスからの生還』(ディーター・デングラー=大日本絵画)はベトナム戦争の捕虜で脱走し、生還したただ一人の男といわれている。生きた蛇を含むあらゆるものを食って命をつなぎ奇跡的に生還する。
 日本人のものでは『アタカマ高地探検記』(向一陽=中公新書)がめったに入り込めない世界一の乾燥地帯をいく苦難の探検記として出色。綺麗な湖の水を飲んでいたがどうもまずく偶然赤ワインを割ったら紫がかった青色に変化し、硫酸銅のまじった毒水であることがわかる、という恐ろしい顛末もある。
アマゾン河』(神田錬蔵=中公新書)はアマゾン流域で現地の人を診ていた医師の記録だが、アナコンダが生きている馬を倒して丸く締めあげ、のみ込む場面がすさまじい。
 ぼくはここに紹介した本の、いくつかの現場に行っているので、読んでいてその強烈な空気感がよくわかり、ひと一倍感動しているのかもしれないが、どれを読んでも「やめられない面白さ」ということは保証しておこう。

 しいな・まこと=1944年、東京都生まれ。作家。79年から作家活動に。近著に『ぼくがいま、死について思うこと』(新潮社)、『おれたちを笑うな!―わしらは怪しい雑魚釣り隊』(小学館)、『風景は記憶の順にできていく』(集英社新書)など。

週刊朝日 2013年8月16・23日号