2012年に第18回歴史群像大賞優秀賞獲得し、今年の3月15日に 歴史小説『洛中洛外画狂伝』を上梓した戯作者(小説家)の谷津矢車さん。前篇では、小学校3年生で『鬼平犯科帳』に熱中したという驚きの過去を語ってくださいましたが、『洛中洛外画狂伝』を書こうと思い立った理由も歴史愛あふれる内容でした。
『洛中洛外画狂伝』は、室町から江戸時代にかけて活動していた狩野派の代表的な画人、狩野永徳が主人公なんですが、実は、狩野家ってこの小説の後にもいろいろあるんですよ。たとえば分裂をして、京都と江戸で京狩野と江戸狩野にわかれて、お互い"こっちが正統だ!"って主導権争いをするんですよね。その図が非常に柳生家に似ているなって。それで新しい柳生家みたいなものが書けるんじゃないかと思いまして、書きました。
――あえて戯作者と名乗られているのも、江戸後期からの影響?
ええ、その通りです! あの時代の戯作者の方々って曲亭馬琴からあとぐらいになると、専業作家の人たちがぽつぽつ出始めるんですけど、それより前の人たちというと、旗本だった人が暇つぶしで書いていたり、商人が趣味として書いていたり。その人たちのことを考えると、当時は戯作ってそんなにステータスがなかったんじゃないかって思うんです。それでも書いている人たちってたぶん好きでやっているんですよ。物語をつくるのが好きだから。まさに気持ちだけで書いていたと思うんですよね。そういう人たちへの憧れはものすごくあります。
――歴史小説に多大な影響を受けている谷津さんですが、戯作者としての自分を見つめなおす際に読むのは、小川洋子さんの小説だとか。
小川洋子さんの小説はデビュー作から読ませていただいています。小説を書いていると、"自分の文章ってこれで大丈夫だろうか"と思うときがあるんです。そういう時に読み返して、自分の文章を見つめなおしていますね。『密やかな結晶』という本があるんですが、小川洋子さんってアンネ・フランクのファンで、アンネについての本も書いてらっしゃるんです。この本はアンネの世界観をかなりインスパイアした閉鎖的な世界観で、ひとつずつ大切なものを忘れてしまう人々を書いているお話ですが、ラストがすごいんです。小説だからできる衝撃的なラスト! 鳥肌モノです。
――最後に、歴史小説の魅力とは何でしょう?
司馬遼太郎先生の『燃えよ剣』や『竜馬がゆく』は勿論素晴らしいんですが、三好徹先生が書かれた沖田総司を主人公にした『沖田総司―六月は真紅の薔薇』という小説がありまして...。沖田総司のひとり語りで展開されるんですが、これが面白いんです! 沖田総司というと、やっぱり天才なイメージがないですか? でも天才なりに悩んでいる。そして恋をして失恋もして、最後に彼は悲劇的な結末を迎える。歴史って読む前から結末を知っているはずなのに、最後には感動させられてしまうんですよね。結末を知っていても楽しめてしまうのは歴史小説ならではだと思います!
小学生で『鬼平犯科帳』に出会ったことから、歴史小説の世界に魅了されていき、ついには自分が小説を書くようになった谷津さん。一冊の本との出会いが、ひとりの人間の人生を決定づけるなんて、素晴らしいですね! 今後の谷津さんの作品が楽しみです。
《プロフィール》
谷津矢車(やつ・やぐるま)
1986年生まれ。東京都出身の戯作者(小説家)。中学生の頃から小説を書きはじめ、2012年に第18回歴史群像大賞優秀賞獲得。今年の3月15日には小説デビュー作『洛中洛外画狂伝』を上梓した。小説の執筆だけでなく、原案提供も行っている。