20年前に話題になった『マディソン郡の橋』(1992年)は45歳の女性と52歳の男性の恋愛小説だった。この程度で不倫では、でももうだれも驚かない。現代は恋愛小説受難の時代なのである。
 しかし、可能性がゼロではない。岸惠子『わりなき恋』を読んでみよう。伊奈笙子(しょうこ)は国際的に活躍するドキュメンタリー作家。九鬼兼太は世界中を飛び回る大企業の重役。二人はパリへ向かう飛行機のファーストクラスで知り合い、やがて熱烈な恋に落ちる。徹頭徹尾ロマンチック。『センセイの鞄』(2001年)が70代男性を勇気づけたように本書は70代女性の希望の星となるかもしれない。笙子はもうじき70歳、兼太は一回り下。しかもそれから6年間も、二人は恋愛を持続させるのだ。ステキ!
 ただ、この小説のような恋愛のためにはいくつかの条件がいる。
 まず自由。笙子は医師だったフランス人の夫と30年以上前に死別し一人娘も結婚し、パリと横浜に自宅を持つ完全に自由の身。大阪在住の兼太には妻と5人の子が(孫たちも)いるが、末娘以外は独立している上、どのみち家庭を顧みない会社人間ゆえ外泊ごとき屁でもない。
 そして経済力。豪華なデートつきの遠距離恋愛。年金暮らしじゃこうはいかない。あとルックスも。特に体型は重要です。メタボなんてもってのほか(男性は頭髪問題も?)。周囲の協力も必要です。笙子には優秀な家政婦や秘書が、兼太は世界中に部下がいて……。と考えると熟年恋愛のハードルは相当高い。
 それに比べたらセカンドバージン喪失の恐怖なんか、どうってことないです。「かくも長き不在」に傷ついた笙子だが、ことを成し遂げた後の一言は〈やっと、安宅の関は通れた感じがする〉。〈あなたが弁慶で、私はまだ不安に慄いている義経なの〉。こんな渋い台詞、人生経験を積んだ人じゃないといえません。
 が、そうなると最後の条件はやっぱ健康だな。この二人の異様な元気さ。恋愛はやはり贅沢な趣味なのだ。

週刊朝日 2013年4月19日号

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