その男の子は待ち合わせ場所にサングラスと帽子をつけて現れた。まるで私に表情を探られたくないかのように。
私たちは別に恋人でもなんでもない。時々ごはんを食べに行くだけの関係のはずなのに、私もまたひとまわり以上年下の彼と会うのが気まずかった。
前の晩、私と彼はケンカをしてしまった。予定を2度も延期したのと、約束していた行き先を「やっぱりイヤだ」とメールしてきたので、私が「よく事情がわからないから電話で説明してくれない?」と返事をすると、「今友達と一緒にいるから電話できない」。
この時点で私がキレた。約束を延期し、電話もしてこない。こういう関係はアンフェアすぎる。いくら美男子好きな私でも、ここまで邪険にされてまで関わりたくはない。
『私、嫌われちゃったみたいだね。私たち、もう会わないほうが、いいんじゃない?』
そうメールしたが返事がない。返事がないままデートの約束の時間が近づいていく。もう行くもんかと思うのにだんだん私はソワソワしてきて、ネイルを塗り直して待ち合わせに向かってしまった。
入ったレストランで彼はサングラスを取ったけれど表情が固い。そして食欲のない私とは対照的にモリモリ食べている。
ほとんど会話もないままにレストランを出て私たちはホテルのラウンジに移動した。ふたりとも注文は紅茶で......800円。そこで彼がやっと、「昨日のメールのことだけど」と切り出してきた。
「嫌いなんかじゃないよ。嫌いなんかじゃないんだ」
彼は二度そう繰り返した。
「嫌いだったらはっきりそう言ってる。嫌いだったらここには来ていない」
彼は決してごめんねとは言わなかった。でもこの彼のきっぱりとした言葉にほだされて私は次は演劇を観に行く約束をしてしまった。
帰り道に彼は「今日の俺、少し会話は少なかったけど、結構普通だったでしょ?」と聞いてきた。そうだねと答えると、
「実はね、あれは精一杯の演技。心の中ではどうしようどうしようって思ってたんだよ」
もう会わないと言われて少しは慌てていたらしい。年下の彼なりに精一杯突っ張っていたんだと思うと胸が少し熱くなった。
別れ際に彼はぼそっと「爪、きれいにしたんだね」とつぶやいた。爪までチェックしているなんて、マメだなあと思ったけれど、いつもは私のことなんて関心なさそうにしている彼がほんの少しだけ見せてくれた本音のようで、うれしかった。