ファストフードの420円のモーニングセットを食べていたら、大学生らしき男の子が2人、隣のテーブルについた。
ひとりは茶髪のメガネくん、もうひとりは濃い眉によく動くいたずらっぽい瞳がかわいらしいお茶目くんで、私は喜んだ。可愛い男の子の会話をBGMに食べる朝食はきっと格別の味わいだろうからだ。
しかし彼らはなんと、痴漢の話を始めた。
「なあ、俺、男の痴漢に遭ったことあるんだよ」
とお茶目くんが言えば、
「俺もあるよ。お尻を撫でられたよ」
とメガネ君も返した。男が男に痴漢するということもあるのか、と私はドキドキしながら耳をそばだてた。するとお茶目くんは今度は、
「実は俺、このあいだ、女に痴漢されたんだよ」
と、声を潜めた。隣のテーブルの私に多少気づかったのだろう。
「それでさ、その人、自分のお尻を俺の股間にぐいぐい押しつけてくるんだよ。絶対ワザとだったよ、あれは」
突然車内で起きた、エロティックなハプニングを、お茶目くんは口ごもりつつも、打ち明けている。
しばらく黙って聞いていたメガネくんが、
「その人さあ、美人だった?」
と突っ込んできた。するとお茶目くんは、
「いや、正直、綺麗というほどではなかった。まあ、普通のお姉さんだったよ......」
と答え、メガネクンは、
「ふうん」
とだけつぶやいた。そしてそれ以上、話が進むことはなかった。
彼らが立ち去る際に、私はちらっとお茶目くんの顔を観察した。彼の顔はこの会話をする前よりも引きつっていた。軽い調子で話をしていたけれど、本当は、彼は痴漢に遭ってショックを受けているのではないか、と私は感じた。
少し統計を調べてみたけれど、今まで女性の痴漢が検挙された例はゼロだという。しかし私は他にも女性に痴漢されたという男性の話を聞いたことがある。
そういえば先日、混んだ車内で、バッグを持った手で男性のお尻を掠めてしまった。振り返った男性が軽蔑した眼差しを投げたので、私はすみませんと小さくなった。
もし今後女性の痴漢検挙が増えたら、女性が痴漢の冤罪被害を受けるケースも出るかもしれない。誤解を受けたとき、私は自分の身を守れるだろうか。思いがけずそんなことまで考えてしまった朝だった。