先日、早稲田大学SM文学研究会の会合に参加してみた。
現役大学生がSMについて論じているその光景を思い浮かべただけで、行きたくてたまらなくなってしまったからだ。

 いざ参加してみると、自主ゼミという感じで、皆、マジメにその日の課題だったサドとマゾッホの文庫本を精読してきて、登場人物の心理について語り合っていた。なぜか大学の構内ではなく、某カフェの個室を借りて催されていた。参加費用はお茶代プラス部屋代200円で合計850円。男女比は6:4くらい。

 主催者の伊藤にるさんは、政経学部の8年生で、欧米風の落ち着いた顔立ちをしていた。文学部ではなかったことに驚くと、
「SMという社会現象を知るためにも、まずは古典文学から読み解いていこうと思って」
 という答えが帰ってきた。なんてマジメなのかしら。でも彼もこの会を立ち上げたからには何らかの経験があるんじゃないかしら、と尋ねてみると、やはり。飲み屋で偶然知り合った女王様の戯れの鞭を食らったことがあったという。
 そのことで"目覚めた"わけではないが、世の中にはこういうこともあるのだということを考えてみたい、というのが動機だという。

 当日の出席者は20名。あまり遊んでいなさそうな男の子達に来た理由を尋ねてみると「興味があった」と口を揃えた。「実際にSMをしてみるのは痛いだろうからイヤだけど、どんなものなのか知っておこうかなと思って」という実に学生さんらしい回答だった。
 SM作家の生涯にかなり詳しい女子学生もいた。すごいね、と感心すると「そうですか?」と不思議そうな顔をされた。

 私は妖しい世界は若いうちに少しは把握しておくべきだと個人的に思っている。知り合いの主婦には、浮気が本気になってしまうような人が少なくない。初めて味わうスリルにアドレナリンやフェロモンが出まくり、わけがわからなくなってしまうようだ。
 彼女らを見ていると、若いうちに多少遊んでいれば、いや、遊びの知識だけでも持っていれば、また違ったんじゃないかなと考えてしまう。

 若いうちからSM文学を読み、皆とそのことを語らえる環境があることは、素晴らしい。愛情表現は人それぞれで、恋愛マニュアルが通用することばかりではないということを知る意義は大きいと思う。

 次回のSM文学研究会では「日本のSM文学」について語らう企画が出ている。いいなあ。また見学に行きたいなあ。