先日、日本橋のカフェに入って、サンドウィッチとピーチティーをいただいた。
サンドウィッチにはアボガドが入っていてとても美味しかったのだけど、マスタードか何かが喉にひっかかってしまい、咳き込んでしまった。

1分もしないうちに咳はおさまった。ほっとしてピーチティーを流し込もうと手を伸ばしたその時、隣のテーブルにいた私と同年代くらいの女性が、ガタッ、と勢い良く立ち上がった。
どうしたのだろうと見ると、こちらをすごい眼で睨(にら)みつけながら、バッグを探り始めた。取り出したのは、立体型マスク。
都内にはまだ新型ウイルスが入ってきていないとはいえ、相当ピリピリしているようだ。

「ごめんなさい、でもこれは......」
慌てて、体調が悪いわけではないと説明しようとしたのだけれど、彼女はアルコールスプレーを取り出し、トイレに駆け込んでしまった。そして戻ってくるなり、自分のテーブルをぐいと掴んで動かし、私から離れていく。
「あの......少し大げさなのでは......」
と声をかけても返事もない。

周囲の人の眼もあるし、私もまだ食事の途中だ。これにはさすがに悩んで、店員さんに相談に行った。
「むせただけで、隣のかたに避けられてしまったのですが、席を移動したほうがいいでしょうか」
「いえいえ大丈夫ですよ」

店員さんはこちらを巡回してくれ、彼女もそれに気づくとテーブルの位置を戻した。しかし依然として彼女はマスクをつけたままであり、テーブルの上にはアイスコーヒーがある。
私はつまらない考えで頭がいっぱいになった。

(この人......、どうやって、マスクをしたままアイスコーヒーを飲むのだろう?)
飲むときは、マスクを外すのだろうか、それともマスクの脇からストローを差し入れるのだろうか。私は彼女の動向が気になってならなかった。

その後店員さんが私にスイーツを持ってきてくれた。新製品で270円もするものだ。お詫びの気持ちなのだろう。恐縮しつつそれをいただいていると、隣の彼女が立ち上がり、帰っていった。

彼女はついにアイスコーヒーに口をつけなかった。
関西のほうでも、咳をする人に冷たい眼を投げる人がいるという。中2の息子はちょうど声変わりが始まり、喉がいがらっぽく、えへんえへんとよく咳払いをしている。マスクをつけさせて満員電車に乗せているが、ヒステリックな対応をする人が出ないよう、親としては願うしかない。

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