撮影:石井陽子
撮影:石井陽子
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「私が鹿の話をすると、みなさん、興味を持っていただけるみたいで……写真のことには触れないで、鹿の生態の話で終わっちゃうんですよ。気をつけないと」。そう言って、石井さんは笑った。

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 石井さんが「鹿しかいない街を撮る」プロジェクトを始めたのは11年前。たまたま仕事で訪れた奈良で衝撃を受けたことがきっかけだった。

「朝、時間があったので、カメラを手に街に出たら、ホテルの前で牡鹿が頭を突き合わせて戦っていたり、鹿のカップルが交差点の真ん中に悠然と立っていたんです。すごくびっくりして撮影した。早朝だったので、ほんとうに誰もいなくて、人間が消えた世界みたいに感じられた。そのとき『ああ、鹿の惑星だ』って、思いました」

 それは東日本大震災の発生から2週間後のことだった。

「当時、福島第一原発の周辺に置き去りにされた『はぐれ牛』があてもなくさまよっている姿がテレビで映し出されましたけれど、それが奈良で見た鹿しかいない街の風景と重なった。ただ、福島の牛と違って、奈良の鹿たちは堂々と街の中を歩いていました」

■地元の人は日常すぎて撮らない

 普段、人でにぎわう街を、撮影のタイミングとフレーミングを選ぶことによって鹿しかいない世界にしたら面白いのではないか。そんな発想で作品を撮り進めた。2015年には写真集『しかしか』(リトルモア)を出版した。

「人は一切写っていません。鹿しか写ってないから『しかしか』というタイトルなんです(笑)」

 翌年、大阪で写真展を開くと、「奈良の人に『これは盲点だね』って」、言われた。

「奈良には鹿を撮っている人が結構いるんです。その多くは、奈良公園で奇麗な光が当たった神々しい鹿の姿なんですけれど、私が撮影している街なかの鹿は、地元の人からすると日常すぎて、撮らないそうです。だから、盲点だと」

 石井さんは、住まいのある神奈川県から新幹線で通い、奈良の鹿を写してきた。

「長期滞在はせずに、2泊3日くらいで、行ったり来たりしています。15年からはエゾシカを撮りに北海道にも通うようになりました」

 エゾシカは奈良のホンシュウジカよりもずっと大きい。体長1.8メートル、体重140キロにもなる。体表の面積が大きいほど体温が奪われにくく、冬の寒さから身を守るために大型化したといわれる。

「初めてエゾシカを見たときは『牛みたいだな』と思いました。そんな鹿でも積雪が1メートルを超えると、エサを掘り出せなくて、餓死する個体が増えます。私自身、冬の北海道で撮影していると身の危険を感じる。自然はあまくない、って感じです」

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人間の都合で鹿との関係は真逆になる