ミャンマーの最大都市ヤンゴンでは、大通りに国軍が兵士の詰め所をつくり、屋根のついた見張り台から市民を監視している
ミャンマーの最大都市ヤンゴンでは、大通りに国軍が兵士の詰め所をつくり、屋根のついた見張り台から市民を監視している
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 国軍がクーデターによって実権を握ってから1年半になるミャンマー。政情不安が続き、通貨チャットも暴落するなか、市民へのさらなるダメージとなる政策が打ち出されたようだ。

【写真】ガソリンの値上げでバスも減便しているヤンゴン。バス停前にあふれる人

 7月24日の夜、ミャンマーのヤンゴンでは長時間の停電が起きた。市民は「もしかしたら……」と不安を募らせた。民主派の4人の死刑が執行されたのではないか。しかし実際は23日早朝、死刑は執行されていた。停電は反発する国民が抗議行動を起こしづらくするためだったといわれる。

 この日、ヤンゴン郊外で工場を経営するMさん(55)のもとに、銀行からの通知が届いた。

「貴社のドル建て口座のドルをチャットに両替し、再振り込みします」

 つまり会社が保有するドルを銀行が勝手にミャンマーの通貨、チャットに両替したという通知である。その両替レートは政府が決めた1ドル1850チャット。1ドル2600チャットという実勢レートより3割も低い。

 Mさんは天を仰いだ。Mさんの工場では新しい部品の購入代などでドルが必要になる。そのドルが政府に吸いあげられてしまったのだ。Mさんが苦しい胸中を明かす。

「今後、部品調達が難しくなる。ドルを手に入れようとすると、実勢レートで買うしかないが、政府は国軍の指示で両替業者にも圧力をかけ、ドルの調達も難しくなった。先週あたりから、この通知が続々とさまざまな企業に届いているようだ。廃業を強いるようなあまりに横暴な政策だ。とはいっても、国軍に反発することはできない」

 昨年2月のクーデター以来、チャットは暴落。経済制裁のなかで輸出が減少し、海外からの投資も激減した。そのなかで政府は保有するドルが枯渇していくという苦境に立たされた。

 国軍はいまもミャンマーの地方を中心に民主派や少数民族軍と激しい戦闘をつづけている。陸軍の能力は低いため、空爆に頼る部分が大きいが、ロシアからの戦闘機購入や航空燃料にドルが必要になる。そこで目をつけたのが、企業のドル建て口座だった。

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下川裕治

下川裕治

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など

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