ロンドンの公園で子どもから花束を受け取ったエリザベス女王(2012年5月)
ロンドンの公園で子どもから花束を受け取ったエリザベス女王(2012年5月)
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 8日に死去した英国のエリザベス女王。25歳の若さで王位を継承し、70年以上にわたり公務を続け、国民から絶大な人気を集めたが、一方で王室へのバッシングが続いた時期もあった。その生涯とはどのようなものだったのか――。『エリザベス女王 - 史上最長・最強のイギリス君主』などの著書を持ち、イギリス政治外交史などに詳しい君塚直隆・関東学院大学国際文化学部教授が、エリザベス女王の生涯を振り返った。

【写真】2007年、英国を訪問したときの天皇陛下(現在の上皇さま)と、エリザベス女王

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 命尽きるまで、「ノーブレス・オブリージュ」(高貴な者に伴う社会・道義的な義務)の務めを果たした女王。それが、英エリザベス女王です。

 英王室のSNSには、亡くなる2日前まで公務を行っていた女王の写真が載っています。9月6日に、リズ・トラス英保守党党首を新首相に任命した場面です。いつものロンドンのバッキンガム宮殿ではなく、滞在先であるスコットランドのバルモラル城で行ったのは、長引いていた女王の不調を考慮してのことでしょう。

 ニコッと笑う女王の写真が、最後になってしまいました。

 1926年に誕生したときこそ、王冠を戴くとは誰も予想しなかった。しかし、伯父のエドワード8世は、離婚歴のある米国人女性と結婚するために王位を捨てた。父のジョージ6世の即位により、わずか10歳だった少女の運命は一転した。将来の女王として国と国民のために生きる道が定まったのです。

 第2次世界大戦下の傷がまだおさまらない52年に、父のジョージ6世が亡くなった。彼女は25歳で女王に即位することになります。

 在位中は国家の難局とスキャンダルに揺れる王室のかじ取りを担ってきました。戦後の混乱から間もない56年のスエズ危機(第二次中東戦争)で英国は軍事的勝利を収めた。ところが、米国を始め国際社会の支持を失って苦い体験を味わった。この失敗は、女王の力がためされました。

 女王は、すぐさま米国に飛び、関係修復に尽力し、女王の評価を確立させました。

 王制が廃止され、王や女王の役割が限られた社会で、英王室は国民に対して何ができるのかを模索してきました。

 そのひとつが、政府と王室の役割分担です。

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英国が情勢不安定だったときに…