■刀鍛冶の里での「事件」(2)
この「天才剣士の日輪刀」は、そのまま使用できるわけではなかった。長い年月によって、著しく劣化していたからだ。そこで、刀鍛冶の里の「技の継承」が、この古い日輪刀をよみがえらせるために必要となる。上弦の鬼たちが刀鍛冶の里を襲撃してきたことにより、炭治郎たちは刀鍛冶を鬼から守らねばならない。
「天才剣士の日輪刀」を研ぐ鋼鐵塚は、顔を切られても、目をつぶされても刀の研磨をやめなかった。敵である上弦の鬼にすら「私とてこれ程集中したことはない!!芸術家として負けている気がする!!」と言わしめている。そして、小鉄少年も命をかけて日輪刀を守ろうとした。
「時透さん… お 俺のことはいいから…鋼鐵塚さんを…助けて…刀を…守って…」(小鉄/14巻・第118話「無一郎の無」)
刀鍛冶たちの熱い思いと技の継承が、炭治郎の「新しい日輪刀」に命を吹き込む。
■完成された炭治郎の「日輪刀」
この「新しい日輪刀」は、『鬼滅の刃』のテーマともいえる「継承」を表現し尽くしたモチーフだといえるだろう。
「血の継承」のエピソードとして、竈門家が先祖から受け継いだ縁の深さが語られている。竈門家で相伝された「ヒノカミ神楽」は、数百年の時をへて、天才剣士の技を後世につなぐものだった。
次に「技の継承」であるが、これは刀鍛冶たちの日輪刀製作の様子からうかがい知ることができる。また、冨岡義勇と鱗滝左近次、ともに戦ってきた仲間によって研鑽されていった炭治郎の剣技も、「技の継承」を示している。「選ばれた血」だけが人を強くするのではない、炭治郎の成長には、多くの人たちの「思い」がつながっているのだ。
鬼の攻撃によってひどい傷を負った鋼鐵塚から、研磨が完成した日輪刀を手渡された炭治郎は涙を浮かべた。
「あっ刀… ありがとうございます 煉獄さんの鍔だ!!」(竈門炭治郎/15巻・第129話「痣の者になるためには」)
炭治郎の「新しい日輪刀」は、炎柱・煉獄杏寿郎の鍔がつけられたことで完成する。刀鍛冶の里では、この鍔がある1人の人物の命を救う。誰も死なせはしないと、言った煉獄の願いが、この鍔に込められている。たくさんの人々の心を背負って、炭治郎は戦う。
「刀鍛冶の里編」では、「新しい日輪刀」のエピソードひとつをとっても、これほど重層的な物語が展開される。続報が待ち遠しい。
◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。AERAdot.の連載をまとめた「鬼滅夜話」(扶桑社)が好評発売中。