選挙事務所に集まった支持者たちから激励を受ける蒋万安氏(撮影/野嶋剛)
選挙事務所に集まった支持者たちから激励を受ける蒋万安氏(撮影/野嶋剛)

 だから、蒋万安氏も自分が蒋家のひ孫であるとアピールすることはない。「曽祖父の思いを受け継ぎ~~」などと語ることもない。曽祖父の思いとは一言でいえば「反攻大陸」。中国から共産党に追い出されたが、いつかやり返して支配権を取り戻すことを夢に掲げていた。いまの台湾社会の主流の民意は「台湾は台湾、中国とは違うし、自分は中国人ではなくて台湾人」であり、こうした「台湾アイデンティティー」という考え方が一般的に支持されている。

 このなかで「反攻大陸」など掲げても軍事的にも不可能だし、そもそも台湾人は望んでいないと嘲笑されてしまうだろう。すでに第4代で台湾生まれの蒋万石もそのような考えはなく、台湾をいかによくするか、生き残っていくか、ということしか基本的に考えていないだろう。 

 今回、蒋万安氏が掲げた政策も、米シリコンバレーで弁護士として仕事をした経験を打ち出して、台湾を経済都市に変革するというもの。一方で2児の父で、妊娠中の夫人も選挙応援にかけつけるなど、親しみやすさをアピール。コロナ対策の英雄とされた民進党候補の元衛生福利部長、陳時中氏らの追い上げを許さなかった。 

 蒋家の「直系」とは言い切れないことも、血筋攻撃があまり効果的ではなかった原因だったようだ。 

 蒋介石の長男である蒋経国には2人の女性がいた。愛人関係にあった相手の息子で、蒋万安氏の父親の蒋孝厳は外交部長も経験したエリートだったが、愛人の家系という家柄のため、母方の章姓を名乗っていた時期が長く、蒋家の一員とは名乗れなかった。蒋万安氏も同様に一時章姓を使っていた。これについて、選挙期間中には、民進党支持の有名なジャーナリストが「本当に蒋家の血筋かどうか怪しい。DNA検査をしろ」と攻撃したが、むしろ世間的には同情を買っただけで、逆に支持が増えたと言われている。 

 蒋万安氏を久しぶりにじかに見てみたいと思って、選挙戦最終日の25日朝、選挙カーに乗る直前のメディアのぶら下がり取材に出かけていった。台北市の選挙事務所で待っていると、スタッフからカフェラテを勧められた。カフェラテには蒋万安氏の顔がプリントされていて、女性記者たちが争って私のカフェラテの写真を撮らせてくれと頼んできた。メディアの存在感が大きい台湾では、政治家による記者サービスは日本よりはるかに手厚い。お菓子やチョコレートもあり、その日は雨だったのでレインコートも配られていた。 

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日本の「小泉進次郎」との類似点