そして第1回懸賞作品に応募するため、当時入っていた卓球部の練習の合間をぬってコツコツとショートショートを書き進めた。思えばこれが、自分の作品を世に問うた、初めての機会でもあった。
ちなみに応募したのは『銀色の雨』という作品だ。ロケットで地上の有毒水銀を宇宙に捨てに行ったところ、成層圏でロケットが爆発してしまい、空いっぱいに均一に水銀がぶちまけられてしまう。その結果、空が鏡のように地上のようすを映し出す、というストーリーだった。
書き上げた瞬間、私は「あぁ、獲ったな」と思った。
しかし半年後。受賞作が発表された新聞紙上に、残念ながら私の名前はなかった。
その後も、懲りることなくショートショートを書き続けた。おそらくノート2冊分くらいの量は書いたと思う。じつは「星新一ショートショートコンテスト」には、その後も3回ほど応募したのだが、残念ながらどれも箸にも棒にも掛からぬ結果であった。
かくしてSF小説家・伊藤潤二への道は、早々に諦めた。
■子どものころ夢中になったものが、いまを作る
自作の小説にはうまく生かせなかったが、このころに読んだ作品が、その後の創作活動において大切な肥やしとなったことは間違いない。
私が中学校時代によく読んでいたのは、眉村卓先生、光瀬龍先生、福島正実先生、内田庶先生らの作品だ。この4名は、先述した『SFショートショート傑作集』を執筆した著者陣で、その流れで「秋元文庫SFシリーズ」として出ていたそれぞれの単行本もよく読むようになった。
そこから手を広げるようにして星新一先生の作品を読むようになり、最後に行き着いたのが筒井康隆先生である。
私の高校時代は「筒井康隆時代」といっても過言ではない。それくらい筒井先生の摩訶不思議な世界に、どっぷりと浸かり切っていた。『48億の妄想』や『俗物図鑑』『大いなる助走』など、傑作を挙げれば枚挙にいとまがない。
意外かもしれないが、私が最初に「筒井康隆ってすごい!」と認識したのは、ショートショートの『パチンコ必勝原理』であった。パチンコ屋に現れたノーベル賞受賞者である物理学者が、物理の計算を駆使してパチンコの大勝利を狙うというストーリーで、そのラストに腰を抜かしたことを覚えている。