『富江』『うずまき』の作者として知られ、いまや日本が世界に誇るホラー漫画家となった伊藤潤二氏。「漫画のアカデミー賞」とも呼ばれる米アイズナー賞を4度も受賞し、1月からNetflixで配信されている「伊藤潤二『マニアック』」も話題だ。そんな伊藤氏が、画業35年にしてはじめて自身のルーツや作品の裏話、さらには奇想天外で唯一無二な発想法などについて明かした『不気味の穴――恐怖が生まれ出るところ』を書きあげた。ここでは、その一部を抜粋・再編集してお届けする。
【試し読み】「いやだもう!」ある日突然、自分そっくりの気球が…『伊藤潤二自選傑作集「首吊り気球」』より
あの突拍子もないアイデアは、どこからきたのか?
私は異常に広々とした空港に、一人でぽつんと立っていた――。
ふと彼方の空を見ると、こちらに向かって何かが飛んでくる。近くまでやってきたところで、それが髪の長い黄土色の人形であることがわかった。人形の下にはロープがUの字に垂れていて、私の首を吊ろうとものすごいスピードで迫ってくる。命の危険を感じた私は、必死に走って逃げるのだが、ついに人形に追いつかれてしまい……、という少年のころに見た夢が、『首吊り気球』を思いついたきっかけである。
最初は、普通の黒いゴム製の気球の下に、ロープで首を吊られた死体がぶら下がっている絵をイメージしていた。それがUFOのように空を漂っていて、街の上空に現れると、地上で不可解な事件が起こる。不吉な前兆のような存在として描こうとしたのだ。