体を1センチ動かすことができればフルスイングできるユニバーサル野球。実際の野球を少しでも感じてもらいたいと、段ボールで20分の1の野球場を作った(撮影/今村拓馬)
体を1センチ動かすことができればフルスイングできるユニバーサル野球。実際の野球を少しでも感じてもらいたいと、段ボールで20分の1の野球場を作った(撮影/今村拓馬)
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試合後に「楽しかった」と笑顔を見せる陽広くん(右)とハイタッチする中村さんは、「陽広のおかげで、このユニバーサル野球ができた。ありがとう」(撮影/今村拓馬)
試合後に「楽しかった」と笑顔を見せる陽広くん(右)とハイタッチする中村さんは、「陽広のおかげで、このユニバーサル野球ができた。ありがとう」(撮影/今村拓馬)
アウトになっても「ナイスファイト」と盛り上がるベンチ。重い障害がある子たちにとってチームスポーツを経験できる貴重な機会だ(撮影/今村拓馬)
アウトになっても「ナイスファイト」と盛り上がるベンチ。重い障害がある子たちにとってチームスポーツを経験できる貴重な機会だ(撮影/今村拓馬)
打球が入った穴でアウトかヒットかが決まるルールは「野球盤」と同じ。ハラハラしながら打球の行方を見守る(撮影/今村拓馬)
打球が入った穴でアウトかヒットかが決まるルールは「野球盤」と同じ。ハラハラしながら打球の行方を見守る(撮影/今村拓馬)

「野球が、やりたい」。脳性まひで言語障害がある少年が絞り出すように発した思いを叶えるスタジアムが誕生した。指先だけでフルスイングができる「ユニバーサル野球」は障害の有無に関係なく仲間とゲームを楽しむことができ、チームを応援できるのも魅力だという。AERA 2020年2月17日号の記事を紹介する。

【写真】みんなが活躍!盛り上がる!「ユニバーサル野球」を楽しむ様子

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「一番、ピッチャーりんちゃん」

 ウグイス嬢の場内アナウンスに送られ、先頭打者の山下凛さん(8)が車いすで進む先には大きな野球盤が広がる。凛さんが腕に巻き付けられたひもを引くと、バットが振られ、カキンと心地良い金属音が響いた。

 約5メートル四方の特大野球盤で行われていたのは、性別や年齢、障害の有無に関係なく誰でも楽しめる「ユニバーサル野球」だ。ひもを引くとバットの上部に刺したピンが外れてスイングし、回転台に置いたアルミ製ボールを打つ仕組みで、指や腕を1センチ動かすことができれば誰でも楽しめる。昨春、鉄道車両整備の堀江車輌電装(東京都千代田区)の社員、中村哲郎さん(51)が作り上げた。

 誕生のきっかけは、一人の野球好きの男の子だった。

 中村さんは、休日にボランティアで障害のある人向けのスポーツレクリエーション教室のスタッフをしている。3年前、プロ野球中日ドラゴンズのユニホームを着て参加していた小薗陽広(はるひ)くん(11)と出会った。「野球、やりたい?」と声を掛けると、「うん!」と満面の笑みが返ってきた。

 陽広くんは2、3歳の頃から、10歳上の兄の野球を毎週末応援しに行き、テレビでもプロ野球や高校野球を見る野球漬けの日々。だが、脳性まひで寝返りもできないため、プレーの楽しさを味わったことがない。

 強豪・北海高校で野球に打ち込み、南北海道大会決勝まで進んだ元高校球児の中村さんは、陽広くんの願いをぜひかなえてあげたいと思った。

 まず風船キャッチボールやベースランニングなどを試したが、どうも野球っぽくない。思いついたのが、体が動かなくても楽しめるバッティングマシンだった。試合の楽しさも味わってもらうために、段ボールでスタジアムもつくった。

 最初はボタンを押すと開く傘の原理でバットを動かした。いいアイデアだと思って意気揚々と教室に持って行ったが、障害の重い子どもたちは誰一人としてボタンを押せなかった。次にゴムを引っ張ってバットを回転させる方法も試したが、できたのは半数以下。

「誰でも参加できてみんなで一緒に遊べる野球をつくって、子どもたちに新しい風景を見せてあげたい」(中村さん)と試行錯誤し、たどり着いたのが現在のピンを外す方法だった。

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