そう、例えばボブ・ディランはもともと60年代にニューヨークのコーヒーハウスで歌を歌い始めた。日本のポップスの歴史の中にも「学生街の喫茶店」(ガロ)や「コーヒーブルース」(高田渡)なんて曲がある。ジャズ喫茶やロック喫茶の類はいまやほとんど町から姿を消してしまった。だが、ドラマ「純喫茶に恋をして」を観ていると、良い喫茶店には、良い音楽が欠かせないことに改めて気づかされる。

 このドラマの主演は戸塚純貴。「仮面ライダーウィザード」で注目を集め、近年は「ドクターX」「私のおじさん~WATAOJI~」などで、脇役ながらレギュラー出演を増やしている注目の若手俳優だ。2018年の「孤独のグルメ」にも出演していたこの戸塚が、ここでは売れない漫画家の役をコミカルに演じている。そのほっこりとした笑顔は、喫茶店の居心地のいい味わいを見事に表現している。

 初回の舞台となったのは東京・神保町にある「さぼうる」。1955年創業の老舗で、木のぬくもりに包まれた山小屋風の店内が味わい深い。筆者もよく足を運ぶが、決して広くはない店内にもかかわらず、うまく段差を生かした立体的な空間で、ゆったりとした気分になる。

 ドラマでは、戸塚演じる主人公の鳥山が店内のさまざまな客を眺めながら、背後にある物語を妄想していく。ブルーハワイ味のクリームソーダを飲みながら、テーブルに本をたくさん積み上げて熱心にページをめくる女性を見ながら、「彼女は普段何をやっている人なんだろう?」「なぜここに来ているのだろう?」と想像する。勝手にストーリーを脳内で作り上げては、一人甘酸っぱい気持ちになる。

 もちろん、それは単なる想像。番組後半では、そのクリームソーダの彼女の目線から真実が語られる。そのオチに思わずニヤッ。そう、ここは古書の町・神保町なのだ。そんな「真実」を知らずに、「さぼうる」という店の名前をヒントに漫画の題材を見つけ、意気揚々とする主人公の姿は、魅力的な喫茶店にはそこにいる客の数だけ、サービスする店主や店員の数だけストーリーがあることを伝える。純喫茶は本来、そうした一期一会のロマンが大切な“メニュー”の一つであることを教えてくれるのだ。紙コップやプラスチックのタンブラーで提供されるチェーン店にはない、少しぶきっちょでクスッと笑える勘違いが、一杯のコーヒーと素朴なケーキに命を吹き込むこともある。

 「純喫茶に恋をして」は今後、阿佐ケ谷、上野、五反田…と都内を巡り、その町の知る人ぞ知る名店を舞台にしていくという。「美味しいコーヒーと素敵な音楽さえあれば」……そんな思いが観る者の体にじんわりと残るドラマになっていってほしい。(文/岡村詩野)

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