「あなたにとって幸せに思うことって何?」
里久さんが尋ねると、ミッシェルさんはこう答えた。
「学校に行って、家があって、バラバラになった家族と会えたら幸せだと思う」
自分にとって当たり前のことが、「幸せなこと」として返ってきた。里久さんは、泣き出しそうな顔になった。
「ヘアバンド、里久ちゃんにプレゼントするってミッシェルが言ってたよ」と通訳して教えると、今度は目を丸くして喜び、ミッシェルさんに抱きついた。
「Tシャツに日本語でリクの名前を書いて」
ミッシェルさんに頼まれた里久さんは、大切なTシャツなのに構わないのかと戸惑いながら、袖に「リク」とマジックで書いた。
約20万人が暮らすスラム街バゴンシーランにも足を運んだ。市場に冷蔵設備はなく、生肉が台の上に並ぶ。市場の外では、路上にシートが敷かれ、さらに安い値段で野菜や魚などが売られていた。ここで働く人たちは、家族がぎりぎり生活できる程度の収入を得ているという。子どもたちの姿も目立つ。2人は露店で働く少年、ヨハン君(12)の家を訪ねた。
ヨハン君の父親は彼が幼い時に殺され、母親は別の町で新しい家族と暮らしているという。ヨハン君は叔父と祖父母に育てられ、午前中は学校に行き、午後3時から夜8時まで露店で野菜売りの手伝いや掃除をして稼いでいる。
「今の生活は幸せだと思う?」
叶多君が尋ねると、「うん、幸せだよ」とヨハン君は笑って返した。
「新しい家族と暮らしているお母さんのことをどう思う?」
と聞くと、「お母さんが幸せならそれでいい」と返ってきた。
「大切な人を失っても、前を向いて生きている姿を見て、ヨハン君はどんなに強いのか、と思いました」(叶多君)
この後、露店で働く姿を見せてもらおうとヨハン君に頼んだら、「今日は仕事はないよ」と言う。渋滞の一因となる露店がこの日、行政によって一掃されてしまったのだ。その後も日中は監視が続き、住民たちは夜間に露店を出して商売を続けるが、収入は減り、生活は厳しくなった。
家があり、家族と暮らすことが幸せだと答えたミッシェルさん。母親が別の家族と生活していても、自分は幸せだというヨハン君。日本で暮らす2人にとって、本当の幸せとは何なのか、自分自身に問いかける旅となった。
(フォトグラファー・清水匡)
※AERA 2019年10月14日号