「あなたにとって幸せに思うことって何?」──この夏、マニラの路上で暮らす子どもたちに、日本の中高生が問いを投げかけた。同世代の子どもたちとの交流で見えてきたこととは。AERA 2019年10月14日号に掲載された記事を紹介する。
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薄暗い路地に足を踏み入れると、アンモニア臭が鼻を刺激する。ぬかるんだ地面に敷かれた段ボールには、若いカップルが寝転んでいた。近寄ると、鋭い視線を向けて立ち去った。
フィリピンの首都マニラ。この夏、2人の中高生を連れて、ストリートチルドレンが多く集まる一角を訪れた。
NPO法人「国境なき子どもたち」の教育プロジェクトの一環で、1995年以来、カンボジアやヨルダンなど12カ国に64人の「友情のレポーター」を派遣してきた。今年のレポーターは、新潟県の高校1年生、伊藤里久(りく)さん(16)と埼玉県の中学3年生、高橋叶多(かなた)君(15)だ。
若いカップルと入れ替わるようにやってきた、好奇心旺盛な2人の少年に里久さんがインタビューを始めた。
「どうしてここにいるの?」
「シンナーを吸いに来た」と少年が答える。「どうしてシンナーを吸うの?」と重ねて聞くと、「シンナーは吸っていない」と発言を翻した。路上では、多くの子どもたちが空腹を紛らわせるためにシンナーに手を出している。だが、違法行為なので彼なりに警戒したのだろう。
少年の名はジョージ。年は11歳と答えたり10歳と答えたり、本人もよくわかっていない。13人兄妹だが、全員の名前は覚えていないのだという。
「ストリートチルドレンがシンナーを吸うことは本を読んで知っていたけど、いざ目の前にいる子が……と思うと驚かずにいられなかった」(里久さん)
近くのスーパーマーケットの裏手に移動すると、1人の少女がニコニコしながら里久さんに近づいてきた。名前はミッシェル(15)。
「そのヘアバンドかわいいね」
と褒めると、ヘアバンドを外し、里久さんの頭に付け替えた。路地でインタビューを始めた時からこわばっていた里久さんの顔に、笑みが浮かんだ。
「お母さんとは一緒に住んでるの?」と尋ねると、「住んでいない。家もないの」とミッシェルさん。地方で暮らしていたが、義理の家族との関係がうまくいかず、一人でマニラにやってきた。道ばたのペットボトルなどを拾って換金しながら、その日暮らしをしているという。