182万枚のチケットの大半を販売した今大会は、海外から約40万人が日本を訪れると見込まれる。組織委は、会場内やファンゾーンでの独占販売権を持つ大会公式スポンサーのハイネケンと協力し、ビールを切らさないための準備を進めてきた。
ハイネケンの国内販売代理店であるキリンビールによると、大会期間の今年9~11月は前年比1.7倍の販売増の見通しを2.2倍に上方修正した。製造量も同2.5倍と見込んでいたものを、3.4倍に増やしたという。キリンの広報担当者は「スタジアムでの売れ行きは想像以上と聞いている。需要に対応するために万全の態勢をとっていきたい」と話す。
W杯が開かれる12会場は岩手の釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアムを除いて、すべて既存施設を活用している。野球場などと比べて、ビールを冷やすための冷蔵スペースが限られているのが現状だ。ビールサーバーなどの機器や人員の増強だけでは供給が間に合わない可能性があった。
そこで、手塚さんたちは「秘策」を思いつく。
1600人の「ホーカー」
きっかけは昨年8月。手塚さんが組織委の上司の英国人と2人で、神宮球場のヤクルト戦を見に行った時のこと。野球場でビールを販売する売り子の姿は日本人にはなじみ深い。ただ、英国人の上司には新鮮に映ったようだ。2人はこう盛り上がったという。
「W杯でも売り子を使えるんじゃないか」
そこから話が進み、本番では約1600人の「ホーカー」と呼ばれる売り子を確保した。釜石を除く11会場で、のべ7千~8千人が稼働しているという。40分ハーフで、ハーフタイムしかまとまった空き時間がないラグビー。「席に座ったままビールを買うことができるので、海外ファンから好評を博している」と組織委の広報担当者は手応えを語る。
W杯が始まって約1週間。ビールの供給に大きな問題は生じていない。ただ、飲食の提供を巡っては別の課題が生じた。
開幕戦の日本‐ロシア(東京スタジアム)や、翌21日に行われた1次リーグ屈指の好カード、ニュージーランド‐南アフリカ(日産スタジアム)などで売店に長い行列ができて一部の食べ物などが売り切れ、希望する商品を買えなかった観客の苦情がネット上などで相次いだのだ。
W杯では毎回、缶やビンのグラウンドへの投げ込み防止など警備上の観点やスポンサーらの権利保護の理由から、飲食物の持ち込みを原則禁止していた。ところが、組織委は大会4日目の23日、観客の指摘を受け、食料のみ持ち込みを容認することを決めた。この規模の国際大会では珍しい方針転換だった。
組織委幹部は「海外のファンはビールとつまみがあれば大丈夫だが、日本のファンは食べ物とビールがセット。観戦文化の違いが出た」と反省する。ビールの供給に力点を置いて準備してきた分、食料の扱いに手が回らなかったのかもしれない。飲食のスムーズな提供は、来夏の東京五輪・パラリンピックに通じる課題となりそうだ。(朝日新聞スポーツ部・野村周平)
※AERA 2019年10月7日号