稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
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昔、レシピ本で「干しナス」とあり、そんなの売ってないとムッとしていたが普通にベランダでできた(写真:本人提供)
昔、レシピ本で「干しナス」とあり、そんなの売ってないとムッとしていたが普通にベランダでできた(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【稲垣さんが作った干しナスの写真はこちら】

*  *  *

 5度目の冷蔵庫のない夏が終わった。今や冷蔵庫の利点が思い出せない。だって食品の保存、全く無問題である。

 基本、当日食べるものしか買わないからなんだが、それでもやはり余る。日本の野菜はセット販売。こちとら一人暮らし。なので残った野菜はどうするかというと、・ビニールから出す ・ベランダのザルに放置 という簡単ツーステップ。真夏だろうがこれでOK。徐々にしなびてはいくが「干した」と言い換えている。「火を入れた」とも言う(太陽は火)。つまり形状は変わるが腐敗は防げる。しかも超長期。冷蔵庫、敗れたり。

 このようなことを繰り返すうちに、私の脳内イメージはあるストーリーを持ち始めた。店から帰宅するや否や、ビニールという牢獄から急いで野菜を救出するワタクシ。すると野菜が「はあ……生き返った」と深呼吸している。ああいいことした! とヒーロー気分に浸るのである。

 などと一人勝手にアホな寸劇を繰り返していたのだが、実はこれ、案外真実に近いことが最近判明した。

 いつも行く八百屋の店長と親しくなり、一体なぜ野菜はことごとくビニールに入っているのかと、ノープラ生活を目指すものとしてかねての疑問をぶつけたところ、ちゃんと理由があったのだ。野菜は収穫後も生きている。生きているから老いていく(しなびていく)。なのでビニールに入れ呼吸困難にさせて仮死状態にする。すると見た目の鮮度が保てるのだと。なるほどそういうことだったか。確かに見た目ピチピチじゃないと売れないだろうな。でも仮死状態はいずれ本当の「窒息死」となる。だからビニールに入れたままほったらかしておくと腐ってしまうのだ。

 冷蔵庫もおそらく同じ理屈である。冷やすことで野菜を仮死状態にするから短期の鮮度を保てる。だが放置すれば死んでドロドロである。

 私は野菜に「老い」という時間を与えていたのだ。この老いた野菜が案外うまい。歯ごたえがあり味わい深く、ピチピチには出せぬ滋味がある。人と同じである。

AERA 2019年9月16日号