事件報道の過剰さなど、現代社会の暗部も映る。

「事件の当事者たちの事情や関係は複雑で本人たち以外に到底理解できるはずはない。でもそれを我々は報道やSNSを通してまるでわかったかのような気持ちになってしまう。例えば猟奇的な事件が起こると『犯人の家にテレビゲーム機があった』なんてことまでニュースになるし、顔写真や自宅がSNSで拡散される。そうやって『犯人と自分とは違う』と思って安心したいのだと思います。そんななかで市子のような状況に陥る可能性は誰にでもある。この映画がそのことに向き合う時間になってもらえればいい」

 さまざまに解釈できるラストも深田流。2時間でそう簡単に物語も人生も終わらない。映画の前にも後にも時間が続いていくような作品が理想だ。

「基本的に映画は『自分には世界がこう見えている』という世界観を示すべきものだと思うんです。これからもそれを映していくつもりです」

◎「よこがお」
ある事件で人生を狂わせられた市子(筒井真理子)の運命を描くヒューマンサスペンス。7月26日から全国公開

■もう1本おすすめDVD「淵に立つ」

 世界に“深田晃司”の名を知らしめた「淵に立つ」(16年)。「よこがお」につながる深田ワールドの真骨頂だ。

 町工場を営む利雄(古舘寛治)と妻・章江(筒井真理子)。ある日、工場に利雄の古い友人・八坂(浅野忠信)がやってくる。利雄は八坂に自宅の一室を貸すと言い出し章江は驚くが、八坂の誠実な人柄に次第に好感を抱き、小学生の娘・蛍も八坂に懐く。だがそんな矢先、八坂は一家に残酷な爪痕を残して去った。そして8年の月日が流れ──?

 人間の底知れぬ淵をのぞき込んだような、観る人にもまた消えない傷を残す作品だ。ストーリーテリングの見事さに加え、八坂役・浅野忠信の不気味な存在感、計り知れない罪悪感を背負うことになる妻・章江役の筒井真理子の演技に引きこまれる。筒井は体重を13キロ増減させて役に挑んだ。「よこがお」で深田監督はまず筒井に主演OKをもらい、ほぼあてがきで脚本を仕上げたそうだ。

 平凡な一家の日常が闖入者(ちんにゅうしゃ)によってかき乱されるモチーフは、監督の長編2作目「歓待」(10年)にもリンクする。「淵に立つ」で乱される側である古舘寛治が闖入者を演じており、こちらもおすすめだ。

◎「淵に立つ」
発売元・販売元:バップ
価格3800円+税/DVD発売中

(フリーランス記者・中村千晶)

AERA 2019年7月8日号

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