面白いことに高い有意差のあった遺伝子の内訳は、「サーカディアンリズム」「テロメアの構造(パッケージング)」「Notch経路」など性行動に直接関係がなさそうな遺伝子ばかりだった。唯一関連がありそうなのは女性ホルモンである「エストロゲンレセプター」の遺伝子で、エストロゲンが性早熟を促進する可能性がある。
しかし、数多くの遺伝子多型がどういった形で初体験年齢に影響するのかはこれだけでは分からない。同じ研究グループが全遺伝子を統計的に調べる「GWAS(全ゲノム関連解析)」を行ったところ、男女ともに早発思春期に関連する遺伝子を調べると、「新規性探索遺伝子」に正の相関があった。
平たく言うと、「人付き合いが良くて次々に新しい友達を探し、新たな冒険を求める」タイプの人の初体験年齢が低いことになる。早期の性体験はより多くのパートナーと関連し、性感染症のリスクも高まるが、生涯の間にもうける子どもの数とも相関するので「利己的遺伝子」にとっては好都合である。ただ、遺伝子があっても、発育に十分な栄養や衛生環境、とくに寄生虫感染がないことが性的成熟に必須の条件となる。
■利己的遺伝子の戦略
源氏物語の中で、光源氏の異母兄、朱雀帝の東宮(皇太子、実は源氏の不義の子)に対し、「御年のほどよりはいとよく大人びさせたまひて(年齢よりは大人びてみえて)」(第三十四帖 若菜上)、源氏の孫の二の宮も「御年のほどよりは、恐ろしきまで見えさせたまふ(年齢よりは大人びて恐ろしいほどである)」(第三十七帖 横笛)とあるように、年齢よりも大人びていることを高く評価する表現がたびたび出てくる。
ただ、思春期が早いと中高年の糖尿病や虚血性心疾患のリスクも高まる。つまり、光源氏に代表される典型的な平安貴族の生涯は早い時期に子孫を残せば、その後の本人の寿命には関与しないという「利己的遺伝子」の戦略を反映する。実際、光源氏のモデルとなった藤原道長は糖尿病と狭心症で亡くなっている。この推論もあながち外れではないだろう。
※AERAオンライン限定記事
◯早川 智(はやかわ・さとし)
1958年生まれ。日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授。医師。日本大学医学部卒。87年同大学院医学研究科修了。米City of Hope研究所、国立感染症研究所エイズ研究センター客員研究員などを経て、2007年から現職。著書に『戦国武将を診る』(朝日新聞出版)など。