映画のテーマは「喪失と再生」。主な舞台は東日本大震災で被災した石巻市で、震災からの復興も物語の背景となっている。白石監督はバイオレンスな映画を撮り続ける一方で、喪失した人たちと再生していく人たちをテーマにする題材を構想していたという。同作では、人生を再生しようとする強さだけでなく、人の心の「弱さ」も丹念に描かれている。白石監督は言う。
「被災地にも当然のように、日常の人間のドラマがある。当たり前の物語を被災地で描くことが重要だと思った。郁男の再生と街の再生が、ゆっくりとシンクロする映画にしたかった」
こうした監督の思いを香取も正面から受け止めて、これまでにない郁男という「ダメ男」を演じた。香取は言う。
「僕と一緒にやりたいと言ってくれて、本当にびっくりしました。僕は自分から何かを作りこんでいくタイプではないので、その現場の空気だったり、監督の世界観だったりで役が作られていくと思っています。監督のおっしゃることは、すべて納得できるものばかりでした。だから、それに従って演じていくなかで、ギャップというか、本当に自分でも見たことがない自分が生まれていきました」
無精ひげを生やし、すべてノーメイクで撮影に臨んだ。演出についても監督と相談しながら、必要があれば脚本にないセリフに変えながら、郁男を作り上げていった。香取は「心の奥ではこういう役をやってみたかったと気づいた」と語る。
「自分からというよりも、白石監督が自分がこの役を望む気持ちを引き出してくれました。今までは、正義感の強い役が多かった。困った人がいたら、次のシーンでは1人で追いかけて熱く語るような。でも、郁男は逃げちゃう。追いかけられない自分が悔しくて、1人で泣いてしまう。じゃあ、次はちゃんと気持ちを伝えるのかといえば、また逃げてしまう。人にはそういう弱さもあると思う。でも、その先に小さくても何か光が見える映画になっています」
映画のテーマや役どころは決して軽いものではない。2018年6月中旬から7月中旬の撮影期間は、香取も集中的に「郁男」に入り込んで、怒鳴ったり、暴れ狂ったりするシーンなども演じきった。