経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
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これはとんでもないことになってきた。トランプ大統領が金利を下げろと、アメリカの中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)を恫喝している。
このこと自体は今に始まったことではない。FRBがせっかく金融政策の正常化を目指して漸進的な利上げを進めようとしているのに、何かにつけて、それはけしからんとツイートしたりして、邪魔だてする。自分のサポーターたちをFRBの理事に送り込もうとしたりする。中央銀行の独立性を土足で踏みにじる言動はこの人の十八番の一つだ。
ただ、今回の介入には、これまでと一味違うたちの悪さがある。なぜなら、今回の利下げ要求は、目下たけなわの米中通商戦争に絡んだ形で出てきている。中国は、アメリカの関税引き上げが国内景気を悪化させないよう、きっと利下げするだろう。そうしたら、アメリカも対抗して利下げする。そうすれば、中国経済も一巻の終わりだ。このような切り口でFRBに利下げを迫っているのである。
金融政策を通商戦争の武器として使う。このかまえがおぞましい。金融政策の役割は、通貨価値を守ること。そして、経済の均衡を保つこと。この両者は表裏一体だ。通貨価値が動揺すれば、経済活動のバランスは崩れる。経済的均衡が損なわれれば、通貨価値は乱れる。攻撃的な政治目的のために金融政策がハイジャックされたのでは、国々の経済は根腐れする。
関税引き上げ合戦の中でアメリカの輸入物価が上昇したり、中国からの輸入減少で物資の供給不足が発生したりすれば、アメリカ経済はインフレ化する。インフレを抑えるには、利上げが必要だ。ところが、あっちが利下げならこっちも利下げだというのでは、経済運営として支離滅裂だ。先が思いやられる。
もっとも、先が思いやられるどころではないのが日本のケースだ。日本の金融政策は、安倍政権によって完全に私物化されている。昨年の9月、安倍首相は今の量的質的金融緩和を「ずっとやっていいとは私は全く思ってません」と言ってのけた。金融政策は自分のものだと宣言しているようなものである。日米経済が危うい。敵は中国にあらず。内なる政治だ。
※AERA 2019年5月27日号