ハドリアヌスの長城の調査に関わってきた米国人歴史学者のデイビッド・フライ氏が2018年8月、言論サイトにこう投稿している。
「近代政治の議論で国境壁が再浮上したことは驚きだった。大きな興奮とともに目撃した1989年のベルリンの壁の崩壊が、新たな時代の幕開けに映った。それから約30年、国境壁は完全に過去の産物になったと思っていたが、その考えは間違いだった」
フライ氏は、ハドリアヌスの長城を築いたローマ帝国時代を含め、外部からの侵略をある程度防いだ国境壁は、壁内での文明の発展に大きく寄与したと考えている。その文明が成熟した現在に復活した国境壁建設論は、「もう一度、世界を根本からつくり直そうとする潜在的な力になりうる」と語る。同時に、新たな問題も生み出したと主張した。
「世界には現在もテロ対策や集団移住の防止、不法移民や麻薬の取り締まりなどの目的で、70にも及ぶ何らかの障壁が国境地帯に存在している。皮肉なのは、今の時代、国境壁をつくるという単なる発想だけでも、歴史が実際に残してきたれんがや石造りのあらゆる壁以上に、人々の分断を生み出せることだ」
パレスチナとイスラエルを隔てる分離壁や、サウジアラビアとイラク国境に設置された高感度センサーのワイヤフェンス。インドとパキスタン、ギリシャとトルコ、ハンガリーとセルビアなど、世界各地の国境地帯で物理的な障壁が次々とつくられてきた。「21世紀が国境壁の目に見える復活の時代となった」とフライ氏。トランプ大統領の国境壁構想は、こうした流れの延長線上にある最新の動きに過ぎない。
ニューヨーク・タイムズは、不法移民を防ぐというトランプ大統領の目的達成が国境壁では保証されないと問題提起する。
「ローマ帝国のハドリアヌス帝や、(万里の長城の生みの親の)始皇帝、(ベルリンの壁建設に影響力を発揮した)旧ソ連のフルシチョフ第1書記が、壁をつくれと直接言及したかは分からない。それでも壁はつくられ、何が起きただろうか。壁内外に人々をとどめようとする歴史は同時に、壁の上を越え、下をくぐり、さらには壊そうとする人々の歴史にもなった」