球界のスーパースター、イチローがついに引退した。そのカリスマ性を持って指導者になって欲しいと熱望する人も少なくないが、意見はさまざま。それぞれの視点から夢想する、イチロー引退後の姿とは?
* * *
ときに哲学的で、理解するのが難しい言葉を発するイチローが、指導者に向いていないのではと不安視する声もある。だがその懸念をきっぱりと否定するのが、神戸製鋼やラグビー日本代表でプレーし、現在は神戸の大学で教員(スポーツ教育学)を務める平尾剛さん(43)だ。
平尾さんは、イチローの言葉は「むしろ子どもにこそ届く」と指摘する。
「卓越した境地に達したイチロー選手の言葉を、凡人の僕たちが軽々に理解できるはずがないんです。誰も到達しえない高みまで上った人なんだから。その言葉を頼りに、彼の目に映る『景色』を想像しなければならない。経験や知識を脇に置いて、想像力を駆使することでようやく理解に至るものだと思う」
しかしそのことで、理解の点で負の側面が出てくる。
「つまり『既知』に還元しようとすることになるから難しい。その意味で、既成の知識でがんじがらめになった大人よりも、言葉の真意を素直に受け止めようとする子どもには、実はすっと伝わるんじゃないでしょうか」
だからこそ、小学校高学年から中学生くらいまでの年代に、ぜひ直接指導をしてほしいと平尾さんは言う。
元々、平尾さんはイチローの言葉に深い関心を寄せてきた。
「スポーツ選手に固有の身体感覚や心の動きを、これほどまでに流暢に語るトップアスリートを僕は寡聞にして知りません」
言葉が奥行きを失い、情報を形作るだけの単なる記号と化している今。イチローが口にする経験に裏打ちされた「自分の言葉」は、この先どのような仕事をしたとしても人々の心をつかむ。なので、引退の報に一抹の寂しさはあったものの、さほど喪失感は覚えなかったという。
そんな平尾さんのイチローへの望みは、「研究者」だ。
といっても、特定の専門分野を持ち、高等教育機関や研究所に身を置くような既存の仕組みにおいての研究者ではない。そもそもがイチローは突出したアスリートなので、常識の範疇ではくくれない、とする。
「正直なところどのような活動になるか見当もつかないのですが、型にはまらない『独立研究者』として、これからも『野球を通じた身体運動の研究』を続けてほしい」