批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。
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日ロ首脳会談が終わった。北方領土問題はなにも進展を見せなかった。
国内では失望の声があがっている。けれども今回問題にすべきは、むしろなぜこれほどまで期待が高まっていたのかである。安倍首相とプーチン大統領は、昨年の会談で1956年の日ソ共同宣言を交渉の出発点として再確認したと言われる。同宣言には歯舞群島と色丹島の「引き渡し」が明記されており、それゆえ日本ではロシアは2島返還を受け入れたとの観測が強まった。
しかしそれは正しい認識だったのだろうか。首脳会談の前には、北方領土の呼称をめぐりラブロフ外相の厳しい態度が示された。元外交官の佐藤優氏はそれも交渉術の一部だったと見る。他方で軍事評論家の黒井文太郎氏は、最初からロシアに返還の意思はなく、交渉進展の報道は日本側の一方的楽観にすぎないと分析する。
判断が難しいが、素人目線では後者に説得力がある。日ソ共同宣言ののち、60年の日米安保条約改定を機に、ソ連は態度を硬化させて2島返還を取り下げた。日米同盟はいまも堅持されており、条件は変わっていない。そもそも70年以上にわたり実効支配してきた領土を日本に譲り渡すことに、ロシアとしてどのようなメリットがあるのか。それが日本の報道では見えてこない。北方領土返還は安倍首相にとっては巨大な成果だろうが、プーチン大統領にはリスクでしかあるまい。
それにしても、今回の過熱する報道を見てあらためて感じたのは、日本の内向性である。日本では北方領土は不法占拠の土地であり返還は当然と考えられており、それは報道の前提にもなっている。筆者も日本人としてその歴史を信じているが、専門家に聞くとロシアの報道はまったく前提が違うという。国が違うとはそのような差異があるということであり、まずはその現実に直面しないと交渉も報道も空回りするばかりだ。
同じことは日中関係や日韓関係にも言えるだろう。ネットを巡ると、日本がいかに正しいかを「論証」する言説に無数に出くわす。けれどもそんな論証も、相手に届かなければ無意味なのである。
※AERA 2019年2月4日号