公私混同に加え、自分たちがフランスに吸収される危機。ゴーンへの不信が高まっていた6月、司法取引制度が始まった。他人の犯罪に関する情報提供など捜査機関に協力すれば、刑罰が減免される制度だ。ゴーンの不正を調べてきた内偵チームの説得に応じて、その不正の数々を知る秘書室幹部と上司の専務執行役員が司法取引と引き換えに協力を申し出たとき、帝王の失脚が決まった。

 不正の証拠が集まり、司法取引のお膳立てが整って初めて、西川はゴーン放逐を決意したと見られる。「西川君は徒党を組めるような男じゃない。そもそも西川君に『君の意見はなんだ』と聞いても言わないんだ。他の者が意見を言った後に、『私もそう考えていました』と、他人の意見に乗るタイプ」と元副会長は言う。

 いまは横浜に移転したとはいえ、東京・銀座に長く本社があり、首都圏の名門大学卒が多く集まる日産は「都会のお坊ちゃん」気質の強い会社だ。三河地方に拠点が集中するトヨタ自動車や、自己主張の強いホンダとは異なる。穏やかな社風ゆえ「俺が、俺が」というタイプは少ない。そうであるがゆえに巨額の負債を抱えて立ちゆかなくなるとルノーという外部に救いを求め、そして今回も、だった。

 前出の元副会長は「今回の一件のアイデアを提供したのは、司法取引を試してみたかった検察だろう。西川君にこんな大それた絵が描けるわけないよ」と言い切った。

 精密に描かれたクーデターとはほど遠い。監査法人の指摘、内部通報、ルノーとの関係、司法取引、それらが期せずして絡み合い、最後に西川が乗った。だが、司法取引を通じて東京地検特捜部を動かすまでは日産としては想定できたが、その後の展開は思惑とずれつつある。

 日産はゴーン逮捕を通じて、彼が日産を私物化してきた「巨悪」と認定され、その後の日産の統治体制の立て直しだけでなく、仏ルノーとの関係見直しも優位に進める目算だった。

 だが、特捜部の逮捕容疑は役員報酬の過少記載という「形式犯」とも受け取られかねないものだった。世界的に有名な経済人を延々勾留し続ける「人質司法」という日本の刑事司法の後進性も、全世界に広報する結果となり、検察を応援する声は少ない。ゴーンの「巨悪」ぶりが断罪されることをあてにしていたのに、逆に特捜部の方が世間から「捜査は適正か」と批判を浴びる始末だ。

 おまけに、ゴーンが将来受けとる報酬に関する書類には、当の西川が了承したことを示すサインもあった。

 先王を斃(たお)した西川に、その事実がまるでブーメランのように跳ね返る。毎朝毎晩、彼の住む東京都渋谷区の高級マンションは記者たちに取り囲まれている。「西川さん、サインの件は……」。記者たちに問われても、西川はほぼ無言で通している。(文中敬称略)

(朝日新聞記者・木村聡史、大鹿靖明)

※AERA 2018年12月24日号より抜粋

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