政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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韓国の元徴用工への損害賠償をめぐる問題について考える前に、日韓国交正常化と元徴用工にまつわる合意ができた背景を知っておくべきでしょう。
日韓の国交は1965年に正常化しました。請求権問題の解決は国交正常化の前提でもありましたから、この時点で元徴用工の補償問題は日韓請求権協定によって両政府ともに「完全かつ最終的に解決済み」という見解です。2005年に廬武鉉(ノムヒョン)政権が請求権協定を検討した際も、元徴用工の補償は韓国政府が取り組むべき課題だという解釈でした。時代とともに協定や条約を見直すことはあっても、一方的に行うことは国際秩序の崩壊につながり、許されることではありません。
それだけに「韓国は国家の体を成していない」という声も聞こえてきます。しかし、パリ協定やイランをめぐる核合意から離脱したり、TPP参加を反故にしたりと、一方的な行為は米国もやっていることなのです。
軍事政権時代の韓国は、三権分立というよりは政権の意向に即して国家が運営されていたため、民意を気にする必要もありませんでした。韓国の民主化から31年。今起きていることは「民主化のパラドックス」だと言えるでしょう。大法院が認めたのは徴用工個人の請求権です。「個」が尊重されるのが民主主義ですから、いつかは起こるべくして起きた問題とも言えます。