バンド「クリープパイプ」として活躍する傍ら、小説の執筆も手がける尾崎世界観さんが、AERAの表紙に登場。小説執筆に至った経緯や、現在の思いなどを明かした。
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木々を抜ける涼やかな風に吹かれ、尾崎世界観は眩しそうな表情を見せる。その爽やかな風体はミュージシャンとしての充実感を反映しているのだろう。彼が率いるバンド、クリープハイプは今年5月、2度目の武道館公演を実現させた。「今は音楽が楽しいですね。17歳から人生の半分くらいバンドをやっていますが、こういう感覚は初めてです」
今年で34歳。不遇の時期は長かった。高校時代にバンドを結成し、卒業後はバイトを転々としながら10年近く鳴かず飛ばずの日々を過ごした。本名は祐介だが、「独特の世界観がある」という曖昧な評価が続くのを疑問に感じ、逆ギレのように「尾崎世界観」を名乗るようになった。
2012年、27歳でバンドはメジャーデビュー。テレビや雑誌に持て囃され華々しい成功を手にしたが、何故か満たされなかった。当時の曲「社会の窓」にこんな歌詞がある。「あのバンドのメジャーデビューシングルがオリコン初登場7位その瞬間にあのバンドは終わった」──。
「この頃は、考えすぎていろんなことを疑ったせいで、楽しい時期を楽しめなかったと思うんです」
ステージに立っても思うように声が出なくなった。苦悩の日々の中、編集者に声をかけられ小説を書いた。売れないバンドマンの鬱屈と逡巡を描いた半自伝的な内容の『祐介』は、又吉直樹から絶賛を浴びるなど大きな評判を巻き起こした。
「書いていなかったら音楽をやめていたと思います」
新作「泣きたくなるほど嬉しい日々に」は、悔しさや苛立ちに突き動かされた20代からの決別を思わせる作品だ。作家として、ミュージシャンとして、新たな刺激を糧に毎日を過ごしている。
「まずは、音楽をしっかりやりたい。文章もちゃんと書きたい。今は寝る前に文章を書いている時間が一番幸せです」
(文中敬称略)(ライター・柴那典)
※AERA 2018年10月29日号